「話にならない! もういいわ!!」
そう女性の怒鳴り声がしたのでターラはびくりと震えてそこに立ち尽くした。
彼の視線の先には、肩を怒らせ廊下の向こうに歩いて行ってしまう彼の母と、母の怒りを受けたらしい父王の姿があった。この帝国の王である父は、角を曲がって姿を消してしまった母の後ろ姿を見送ってからターラを振り向いて穏やかに笑った。
「どうした?」
帝王ザーティスは人の気配を読むのに長けている。
彼はターラがいることに気付いていたのだ。
「母様は……どうなさったんですか?」
ターラは自分が泣きそうな顔をしていることはわかっていた。でも両親が喧嘩をしていて泣きたくならない子供がいるだろうか。
「気にするな。いつもの癇癪だ」
ザーティスはそう言う。
けれど母は本当に怒っているように見えた。
あのまま城を出て行ってもおかしくないほどだ。ターラは俯いた。
双子の姉であるティーレが側にいれば、きっと「なに泣きそうになってるの? ターラ。お母様が私達を置いてどこかへ行かれるはずがないわ」と笑うだろう。
でもターラはどうやっても姉のように楽天的にはなれない。こういう性格なのだ。仕方がない。
そうやって悶々と考えていると、突然ひょいと身体が浮いたのでターラは驚いた。
目の前には、父王のはっとするほど綺麗な顔がある。
ターラとティーレの金髪は父ゆずりだ。母の髪は月の光を縒ったような銀色だった。自分の父と母が、太陽と月のようだと言われているのをターラは知っている。
「気にするなと言ってるだろう」
「……母様は何を怒っていらっしゃったんですか?」
「些細なことだ」
「あの……すぐ仲直りしていただけますか?」
ターラは思いきって言った。
父と母が仲直りすれば、母が城を出て行く心配はない。
するとザーティスは、子供達にしか見せないような顔で笑うと「善処しよう」と答えたのだった。
「ちょっとまっておかしいでしょ?」
「息子に今すぐ仲直りしてくれと頼まれたんだ。その願いを叶えないわけにはいくまい」
「喧嘩の理由をわかってる?」
「もちろんだ」
「この間執務室で私を押し倒そうとしたわね」
「抑えられないものを衝動と呼ぶんだ」
「人前でそういうことをしないでと言ったはずよ」
「約束はできないな」
「今私の目の前にいるのは誰?」
突然部屋に入ってきたザーティスに、ほとんどむりやり唇を奪われたジーリスは顔を真っ赤にしながらも夫である王を睨む。その横で彼の母であるテシィリアが少し頬を染めながらも嬉しそうに笑っていた。
「あら、わたくしのことは気にしないでいいのよジーリス。夫婦仲がいいのは素晴らしいことよ。とってもね」
「そういうわけだ」
「そういうわけじゃなーうぐぐぐ!!」
「まぁ、ふふふ。若いって素敵ね」
そう言うと、嫁の愚痴を聞いてやっていた大公妃テシィリアは、颯爽と部屋を後にした上にしばらく部屋には誰も入らないようにと周囲の者に厳命していったのだった。