39.スター


 東の王一家と西の王弟一家と南の王子一家が数年に一度集まるのは自然とできた習慣だった。赤い森はかつてと変わらず彼らを受け入れてくれる。だからこそ彼らは忙しい時間の間を縫って、この場所に集まるのだ。
「珀蓮様のお髪はどうしてそんなにつやつやとしているんですか?」
 目をきらきらと輝かせながらそう聞いたのは西の国の王菜姫だ。
「椿の油で手入れをしているのよ」
 そして答えたのは東の国の王妃、珀蓮である。
 昔と変わらず娯楽室として使っているその広い部屋で、二人は長椅子に身を寄せ合って座っていた。正確には、王菜が珀蓮に必要以上に接近していると言っていいだろう。少女はなおも質問を続けた。
「唇が薔薇みたいに赤いのはどうしてですか?」
「紅を引いているからよ。気に入ったのなら、次のあなたと久祢の誕生日に贈ってあげてよ」
「肌がびっくりするくらい白いのはどうしてですか?」
「あなたももう少し大きくなれば新祢におしろいの使い方を教えてもらえるわ」
「指が細長いのはどうしてですか?」
「骨が細いからよ」
「鼻の形が整っているのはどうしてですか?」
「産まれた時にお父様が整えたの」
「目がとても綺麗なのはどうしてですか?」
「宝石を埋め込んでいるからよ」
 部屋の戸口でそこまで黙って聞いていた王伊は、限界だと判断して二人の女性に後ろから声をかけた。
「王菜、珀御前、食事ができたそうだよ」
 すると質問者であった少女が抗議の声を上げる。
「少し待ってお父様。まだ珀蓮様にうかがいたいことがあるのよ」
 彼女は父にそう懇願したが、王伊は笑顔のまま首を振った。
「駄目だ。食事が先だよ。下に降りて早苗殿を手伝いなさい」
 王菜はこういう時の父にはどう言っても無駄だということをよく知っていた。基本的に娘達を溺愛しているのだが、最近は意識して躾を厳しくしている。新祢に注意されたからだ。
「……わかりました」
 双子の姉は不満そうに口を尖らせながらもそう答えると、「失礼します、珀蓮様」と憧れの女性にはきっちりと挨拶をしてから部屋を出て行った。
「娘が申し訳ないね」
 王菜が階段を降りて行く足音を聞きながら、王伊は苦笑して言った。
「わたくしの我慢にも限界というものがあってよ」
 珀蓮が大きく息を吐く。
「あの子、どうにかならないの? 前回会った時はあんなふうではなかったのに」
「君に憧れてるんだ。年ごろになったからなおのことね」
「はっきり言って迷惑よ」
「かわいいだろう? 今回君に会うのをとても楽しみにしていたよ」
 東の王妃は苦虫を噛み潰したような顔で、「あなたでは話にならないわね。新祢に言うわ」と言うと立ち上がった。
 すらりとしたその立ち姿は少女の頃と変わらず凛々しい。
 珀蓮は確かに新祢にはないものを持っていて、娘が彼女のそんな部分に憧れているのは明らかだった。そしてそれはおそらく、王伊の友人である鳥代が惹かれてやまない部分でもある。
 東の国の白雪姫。
 その魅力は、外見のみのものではないのだと、今の彼にならわかる。
「娘にとって君は英雄なんだ」
 王伊がそう言うと、珀蓮は胡散臭そうに眉を上げた。
「偶像を他人に押し付けるのは愚かなことよ」
「英雄のいない子供なんて寂しいものだよ」
 珀蓮の言葉を予想していた西の王弟はすぐに答えた。
「君の英雄は鳥代だった。そうでしょう?」
 かつての幼い王伊には、友人である鳥代が高飛車な北の王女に話しかけるのがまったく意味のない行動に見えたものだが、そうではなかったのだ。実際、彼女は夫を愛している。もしかしたら王伊が想像するよりも深く。
 鳥代が珀蓮の名前を呼ぶたび、少女の閉ざされていた心は彼にだけ開かれていったのだ。王伊や広兼の知らないところでひっそりと。
 そして今や大輪の薔薇のように華咲く東の王妃は、戸口に立ったままの王伊の側までやってくるとその白い指先をつと彼の首元にあてて止めた。
「あまり生意気なことを言わないで。殴りたくなるわ」
「どうぞご自由に。もちろん避けるけどね」
 女性の拳をよけられないようでは、西の国の王族を名乗ることはできない。暗にそう告げると、珀蓮はすっと冷たく目を細めてからばさりと裾を返して部屋を出た。王伊もまた彼女の後から食堂に降りようと足を踏み出したが、しかしそう彼から離れないうちに珀蓮が立ち止まったので彼は首を傾げた。
 珀蓮は振り返らないまま告げる。
「新祢の娘を侮辱したことは謝るわ」
「……」
 予想だにしないその台詞に王伊がぽかんと口を開けている間に、東の王妃はかつかつと足音をたてて階段を降りていってしまった。
「……はは」
 西の王弟は笑みを漏らす。
 あの珀御前がずいぶんと丸くなったものだ。いや、あれが彼女の本質だったのだ、と王伊は思い直した。でなければ、あんなにも鳥代が彼女に惹かれるはずがない。
「もちろん、新祢以上の女性なんて存在するはずがないんだけどね」
 彼は第三者が聞けば呆れてしまいそうなことを呟くと、友人と子供達が待つ食堂に降りていったのだった。