41.輪


 誰が想像できただろう。
 魔女の中でも自由で何者にもとらわれなかった自分が、こうして帰る場所を得るなんて。
 恐ろしく未熟で将来有望な幼い魔女に、魔法を教える日が来るなんて。
 誰が想像できただろう。
 いや、誰も想像なんてできなかったに違いない。
 蝋だって驚いたはずだ。
『嘘でしょう? あなたが?』
 そう言って目を丸くする水の魔女の顔ならはっきりと思い浮かべることができる。
 そしてそんな彼女に自分は言うのだ。

『あなたの血筋は時々本当に腹が立つくらい厄介だわ』




「馬鹿ね。血を水に変えるってだけじゃあ、渇いた喉を潤すだけの水に変える前に血が足りなくなって気絶するだけよ。そうじゃなくて、血から水を作り出すのよ。よく想像なさい。首の上についてるのがただの飾りじゃないならね」
 南の国にある王族のための離宮の庭で、白く繊細な装飾の施された椅子に脚を組んで座った魔女は、片方の眉を上げて言った。
「うーん」
 魔女の教授を受けているのもまた魔女である。
 ただし生徒の方はまだ幼いと言っていい年齢の少年で、透明の液体が湛えられた平たい器を前に唸っている。
「でも師匠、なにもないところから、なにかを生み出すなんてできるんですか?」
 南の国の王族の末端に席を持つ少年は、どこか不満そうに唇を尖らせて目の前の美しい魔女を見る。
 魔女ーー葫はため息をついた。
「またこれを繰り返すつもり? 最初に言ったでしょう? 魔女は創造する生き物なのよ」
 この少年は必要以上に真面目だ。
 そのせいで、異能の力である魔女の魔法を習得するのに時間がかかっている。しかし一度とっかかりを得てしまえば、土が水を吸い込むようにどんどん理解を深めていくのも確かだった。
 この子が、その媒介に『血液』というものを選んだのも、葫の言うことをきっちりと理解したからに違いない。
 魔女が魔法を使う際の媒介は、汎用性の高いもので、身近なものであることが望ましいのだ。葫の場合それは鏡で、彼女に魔法を教えた魔女蝋は水だった。
「お二人とも、休憩なさったらいかがです?」
 少し遠くから、少年の母親が声をかける。
 彼女は盆に新しい香草茶と焼き菓子を載せて、こちらに歩いてくるところだった。
 この国の第六王子の妻であるその女は、太陽の光がよく似合っていた。豊かな金色の髪がきらきらと光っている。
 母と焼き菓子の登場に、少年がぱっと顔を輝かせた。
「瓏。あんたはそれができるまでおやつは抜きよ」
 すかさず葫がぴしゃりと言うと、瓏はこの世の終わりのような顔で「ええええ」と声を上げた。
「まぁ、先生がそうおっしゃるなら仕方がないわね。瓏、がんばって」
 女ーー早苗はくすりと笑いながら、盆をテーブルの上に置く。
 香草茶のいい香りと焼き菓子の香ばしい香りにふわりと鼻腔をくすぐられ、葫はほころびそうになった顔を引き締めなくてはいけなかった。
「ありがとうございます、お義母様」
 早苗が魔女を覗き込んで笑う。
 この女は、未だに自分のことを母と呼ぶ。葫は一度それをやめるように言ったのだが、『まぁ、でもお義母様はお義母様ですから』とやんわりと断られた。早苗は、見た目以上に頑固なのだ。
 思えば、あの水の魔女もまた、その可愛らしい外見からは考えられないくらいに頑なだった。自分が正しいと思うもののためだけに動いた。誰かの言葉になど左右されなかった。
 その血は確実に、この金髪の女と赤い眼の少年に受け継がれている。
「うううう」
 指先を軽く短剣で斬って血を絞り出した瓏が、そこから水を溢れ出させようと呻いている。
 そんな息子の様子を微笑んで見てから、早苗は続けて言った。
「すべては繋がっているんですね」
「は?」
 葫は、香草茶の入ったカップを手に取りながら聞き返す。
「なに? いきなり」
「お義母様は蝋から魔法を教わったのでしょう? そして今はこの子に魔法を教えている。繋がっていると思いませんか?」
 その時早苗が口にした『ロウ』という名が、目の前にいる彼女の息子のものではないことは明らかだった。
 葫は、なぜこの女が、自らの息子に蝋と同じ韻の名前をつけたのか知らなかった。
 聞こうとも思わない。
 また反吐が出るような答えが返ってくるに違いないからだ。
「魔女同士の繋がりは強いのよ」
 葫はわざと見当違いな返答を返したが、早苗の言葉が意図しているところはわかっていた。
 それどころか葫もまた、今まさに同じことを考えていたのだ。
 すべては繋がっているのだと。
 輪のように。

 世界は繰り返している。
 あの心地よい時を。