収穫祭


 そもそも、収穫祭は秋の収穫を祈って行われる祭りである。人々はそれぞれ華美な衣装に身を包み、派手を好む果実の妖精ポミナを迎える準備をするのだ。ポミナは女性名詞である。芳醇な果実の妖精に、人々が女という性を想像するのは無理もない事だろう。
 そしてそこで、行われる遊びがある。
 肌が見えないほどに華美な衣装に身を包んだ女性達の中から、男性が自分の意中の女性を捜し当てるという遊びである。女性を果実の妖精に見立てそれを捕まえるのだが、これが中々難しい。
 この遊びは少し薄暗い場所で行われるのが常識である。
 灯りは蝋燭のみの空間で、顔もマスクで隠した女性の群の中から自分の恋人を探し出すのだ。女性は恋人の愛を確かめるため、男性は自分の恋人への愛を証明するため、その遊びに興じるのであった。
 さて、赤の森を囲んだ三つの国。
 西の国、東の国、南の国である。
 そのうちの一つである東の国において、収穫祭に行われるこの遊びは、戦いであった。
「毎年ながら異様な光景だな」
 南の第六王子が言う。
「こういうのはロマンチックって言うんだよ」
 西の第二王子が言う。
「相変わらず情緒ってもんを解さない奴だねお前も」
 東の第一王子が言う。
 彼らが今いるのは蝋燭と月明かりだけに照らされた外庭で、今年の収穫祭のクライマックスを飾る場所でもある。この外庭は、東の国の自慢であった。どの季節にも鮮やかな花を咲かせ、まるで妖精の国のような雰囲気を醸し出している。毎年収穫祭に行われるこのゲームの会場として、東の国の外庭が選ばれるのはそういう理由であった。まるでこの世のものとは思えない空間で、王侯貴族達はしばし自分達の立場を忘れてたわむれることができるのだ。
 今その庭には、精霊のように色鮮やかな女性達が、まるで蝶のように彷徨っていた。その女性全てが顔にそれぞれの仮面をつけており、しかもこのうす暗がりでは誰が誰かも判別がつきにくい。彼女達を囲むように立った男性陣は、自分の意中の女性を捜して目を彷徨わせていた。このゲームは、主催者の言葉で開始が宣告される。この場合、東の国の国王によってである。もちろん王妃も他の女性達の中に混じっていたりする。
「僕、見つけられなかったら一週間会わないとか言われたんだ」
「それなんかまだいいぜ。俺なんか別れるって言われたからな」
 そんな男達の囁きに、東の国王は盛大なため息をついた。
「儂はこのような遊びを思いついた先人を心底呪うぞ」
「母上は今年はどのような難題を持ちかけてきたの?」
 その息子である鳥子が笑いながら聞いた。
「儂にあれがわからなんだら、もっと若い恋人と駆け落ちをするそうだ」
 これには広路も王維も笑いをもらした。
 そんな息子の友人達を、国王はぎろりと睨む。
「笑い事ではないわ。あれはやると言ったらやるからな。ああ、胃が痛い」
 国王は腹をおさえて前かがみになった。こうもなると国王としての威厳も形無しである。
「陛下がわからないはずがないと思われているからこそ、王妃殿下はそのようなご無理をおっしゃるのですよ」
 うまくフォローをいれたのは王維だ。
「愛されている証拠ではありませんか。信頼は最上級の愛でしょう?」
「そういう主らは奥方達にどのように言われた?」
 好奇心丸出しで国王に聞かれて、王維はにこやかに答えた。
「わからなければ、一ヶ月間彼女のダンスの相手をする約束をいたしました」
 王維の奥方新那姫は古い形のダンスしかしらないので、新しいダンスの型を習わなくてはならないのだ。
 続いて広路が答えた。
「見つけられたら、家に帰って美味しいケーキをたくさん食べさせてくれるそうです」
 見つけられなかったらではなく、見つけられたら、という所がいかにも早苗らしい。国王は羨ましげに二人の王子を見やると、最後に自分の息子を見た。鳥子はにっこりと微笑んだ。
「見つけられなかったら、一ヶ月の別居に禁欲生活、女性への接触禁止を約束させられました」
 何だか自分の息子が不憫になって、泣けてきた国王だった。広路は肩をすくめる
「ようするに、女性の好みが同じなのでしょう。陛下も鳥子も」
 感情の激しい女性が好きなタイプだということだ。東の国の国王と王子は。
「鳥の将来見えたりだね」
「とーんでもない。僕ぁもっとうまくやるぜ?」
 そう言って、鳥子は大げさに両手を広げた。
 そんな息子を一瞥して、東の国王は正面を向いた。
 ええいこんな行事とっとと終わらせてやれ、という心の声は表に出さないようにして、息を吸う。
 開始の合図は。主催者から。
 国王の様子に気付き、あたりが一気にしんとした。あとは蝋燭の燃える音と、虫の鳴き声だけがその場に響く。国王の、朗々とした声は庭の向こうの森にまで届くようであった。
「花はどこぞ? 実はどこぞ? さぁ捜せ。我らの妖精をこの手に捜せ!」
 きゃあとあがった高い歓声は女性陣のものだ。
 恋人達のたわむれの時間が始まったのだった。




「どれくらいで見つけられると思う?」
「ふむ。わからぬなぁ。妾はこのような遊びはした事がなくての」
「あらほんと? じゃああなた祭りの間何をしてたの?」
「王族は高いところから見ているだけじゃ。参加してみたいとは思っておったが、それがこのような形で叶うとはの」
「ふふ。よかったね」
「はぁ。百年前はこの国もそんなんだったのかしらねぇ」
 さて、華やかな女性達の中でも一段と目を引くこの三人。
 どこか穏やかな雰囲気の女性は金の髪に小麦を挿し、茶色系の服に身を包んでいる。小麦の妖精に扮する彼女は、南の国の王子妃である。目の周りを隠す仮面も小麦製だ。
「ねぇ、白蓮のその髪はどうやって色を変えてあるの?」
 早苗は、可愛らしく首を傾げて聞いた。彼女が動くたびに小麦が音を立てて揺れる。
「染め粉じゃ」
 答えたのは、髪の色と同じ赤い仮面をかぶる西の王子妃だった。新那姫である。彼女は林檎の妖精に扮しているのだ。
「妾が持っていたのを少しな、わけてやったのじゃ」
 そう言って新那と早苗が見る女性は、紫の髪に青い仮面を着けていた。葡萄の妖精だろう。本来艶やかな黒髪を自慢とするはずの東の国の王子妃は、黒い双眸を光らせてにやりと笑った。
「そう簡単に見つかっちゃあ面白くないじゃない? これは勝負なのよ」
「……鳥子殿が哀れじゃの」
 新那がため息をつく。
「あら、鳥子さまもきっと楽しんでおいでよ。ねぇ?」
 にこっと白蓮に笑いかけた早苗に、白蓮は肩をすくめた。
「さぁ」
 この遊びは、恋人との絆を確かめると同時に他の女性と火遊びを楽しむ事もできる。つまり恋人と間違えたふりをして話しかけ、懇意になるのだ。相手は仮面で顔を隠しているのだから、自分より身分の高い女性にも声を掛けやすい。
「失礼」
 聞き覚えのないその声に、早苗は振り向いた。
 そこにいたのは見覚えのない男性だった。おそらく貴族だろうが、慣れた様子で微笑んでいる。
「おや、間違えてしまったかな」
 それはひどくわざとらしかったが、早苗は微笑んだ。彼女は自他共に認める合理主義ではあったが、どこか人を疑わない性格でもあったのだ。
「まぁ」
「けれど一時の戯れにするには惜しいほど、美しい小麦の妖精ですね」
 貴族はそっと早苗の手をとった。
 新那と白蓮が顔をしかめる。けれど当の早苗は笑顔のままだ。もしこれが新那であったら男は無礼者と謗られているだろうし、白蓮であったら傲慢にその手を払いのけているだろう。
「どうですか? 少し二人で……」
 身を屈め、早苗の手の甲に口付けを落とそうとしたその貴族は、突然頭をがしりと捕まれ、その言葉を飲み込むはめになった。
「それは俺の妖精だ。気安く触らないでいただこう」
「あら、広路さま。早かったですね」
 貴族の頭をがしりと掴んで現れた夫に、早苗は嬉しそうに笑った。
「なんじゃ。お前も一緒か」
 広路の後ろで手を振る王維に、新那が言う。
「新那さん、綺麗、ステキ、惚れ直す」
 王維はすたすたと妻に歩み寄ると、その白い手を両手で握り締め、夢見るように言った。
「さいこー」
「わかったわかった」
 まるで子供を宥めるように新那は言う。広路はというと、掴んだ貴族の頭を放り投げるようにして押しのけると、つかまれていた早苗の手を今度は自分が握った。
「まったく、どうしてあなたは、ああも簡単に触れるのを許してしまうの?」
「あらだって、触れ合わなくてはわかりあえないでしょう?」
「俺以外の男とわかりあわなくてよろしい」
 広路はきっぱりと断定した。
「王維、鳥子殿はどこじゃ?」
「ん? さぁ。僕ら開始宣言の後すぐ別れたから……」
「見つけたわ」
 白蓮の視線を追って、四人は顔を向けた。そして見た。
「本物の妖精かと思ったぜ」
「まぁ、いやだわそんな」
 桃の妖精に扮した女性に話しかけるその男は、紛れもなく東の国の第一王子、鳥子殿下であった。
「いやマジだって。すっげぇ綺麗」
「きゃ、本当ですの?」
 明らかにナンパしている。
「どう? 君を見つけられない男なんかより俺とちょっと話さない?」
 鳥子はいきいきとした様子で女性の手を取った。広路と王維は、その時の白蓮の呟きを聞き逃さなかった。
「……殺す」
「いや、ちょっとまて落ち着け白蓮」
「あーわー白御前ちょっとやっぱり殺すのはまずいかも」
「おだまり!」
 慌てて止めようとする二人の王子を振り切って、白蓮はすたすたと夫と女性の方へ歩いていってしまった。
「次期国王が色恋沙汰で刺されるなぞ最高のゴシップじゃなぁ」
「いや新那さんそんな問題でも……」
 楽しそうに笑う新那に、王維がこめかみを抑える。
「大丈夫ですよ」
 言ったのは早苗だ。
「あれもお二人のゲームでしょう? だって鳥子さまはきちんと白蓮に気付いておいででしたもの」
「どうしてわかるの?」
 そう聞いた夫に、早苗は小麦の仮面を取ると、まるで花が咲くような様子で微笑みかけた。




「ちょっと」
 振り向いた鳥子は、そこにいた女性を見るとにやりと口の端を上げて笑った。
「おぉ、こりゃ葡萄の妖精かな? でも悪いな。僕の奥さんは黒髪だから、紫の髪の女性には用はないんだ」
「あらそう? 私も自分の妻がわからない男性なんかに用はなくてよ」
 白蓮もにっこり笑う。
 その時相手が王子夫婦だとわかったらしい桃の妖精の女性は、慌ててその場を逃げてしまった。それを見て鳥子が残念そうな声を上げる。
「ああ、折角いい雰囲気だったのに」
「その節操のないお口はどうにかならないのかしら?」
「節操がないのは血筋でね」
「王妃殿下も苦労なさっているのね。同情するわ」
 笑顔でかわされる会話の応酬には毒が混じり、二人の周囲から人はさぁと引いていった。触らぬ神にたたりなし、である。この二人の口喧嘩は、東の王宮において日常茶飯事だった。
「くされ男」
「なんだ高飛車女」
 ばちばちばち。
 二人の間に火花が飛ぶ。
「いっぺん死んだ方がこの国のためではなくて? あんたのような人間が王になどなったら、私はこの国の全て女性が心配だわ」
「安心しろよ。僕は全ての女性を平等に愛する自信があるからな」
「まぁ、ほほほ。それは全ての女性があんたを愛してこそ価値のある言葉というものね」
「片思いは一途なもんさ」
「一途? 意味を知っていて使っているのかしら?」
「自分が知らないからって喚くなよ」
 そんな留まる所を知らない二人の悪口の応酬を遠巻きに眺めてワインを飲みながら、「しかし」、と広路は言った。
「しかし、ある意味すごいな。髪の色も違うしマスクだってつけてるってのに、一目で白蓮だってわかったんだから」
「ああ、僕も一回見ただけじゃあ白御前だとはわからなかったな。だって髪紫だし。ああいう所はさすがだね」
「なんでも、鳥子さまにはセンサーが付いているらしいですよ」
 早苗の言葉に新那が怪訝そうな目を向けた。
「センサー?」
「つまり、白蓮がそばにいると、心臓がどきどきするのですって。だから鳥子さまが、白蓮に気付かないわけがないんです」
 そして四人は、もう一度痴話げんかを繰り広げる二人に視線を移した。
 かつて王子様は、ガラスの棺桶で眠る白雪姫を見て、突然心臓がうるさく暴れだすのを感じた。
 どきどきどきどき。
 別に死体愛好家でなければ、好みの容姿であったわけでもない。
 けれど理由もなく高鳴った心臓に、彼は彼女だと確信した。
 一生を捧げる女性。
 永遠の姫君。
 実際目覚めた彼女は高飛車な言葉と態度を持った姫君であったのだけれど、それでもどきどきは消えなかった。

「馬鹿女」
「ナンパ男」

「まぁ、東の国は安泰って事だね」
 王維がそう言って肩をすくめた。




 二日後のことである。

「……」
「……」
 東の王国、国王の私室であるその場は重たい沈黙に占められていた。
「……お前、一ヶ月間別居か?」
「……母上は家出ですか?」
 国王とその第一王子である。
 先日の収穫祭におけるペナルティにより、妻に後宮を追い出された王子殿下と、妻に後宮を出て行かれた国王陛下は、共にため息をついた。
「……冗談が通じないんだよなぁ」

 秋は深まっていた。