クリスマス大作戦


 赤い森の魔術が解かれ、魔女葫も復活し、一連の騒動が終わってそれぞれ国に帰った西と東と南の王子であったが、妻達には内緒で集まることが度々あった。
 いわゆる男同士の話をするためである。
 それが真面目な仕事の話であることも確かにあったが、七割はそれぞれの妻に関する話題であった。性格の違う三人の女性を妻にした三人の王子であるが、三人とも、自分の妻が好きすぎて客観的な思考が働かないという点では共通していた。そういうわけで、第三者の意見を必要とすることが幾度となくあったのである。
 さてその日、話題を持ち込んだのは南の国の王子であった。
「クリスマス?」
「そう、西の大陸ではそういう名前の祭りのある地域があるんだと」
「なんの祭りなの?」
「赤い服を着たじいさんが眠る子供達の横に贈り物を置いていくらしい」
「……それは危ないじいさんじゃないのか?」
「少なくとも僕と新祢の子供の寝室にそんなじいさんが現れたら殴り倒すね」
「いや、実際はそんなじいさんはいなくて、家族が子供の枕元に贈り物を置いてるというだけらしいんだが」
「なんで起きてる時に渡さないんだ。赤い知らないじいさんにもらうより、親にもらう方がよっぽど嬉しいだろう」
「同感だね」
「知らねぇよ。いいか、俺が言いたいのはそんなことじゃなくてだな、起きてすぐ贈り物を渡す、というのは有効なんじゃないかと思うんだ」
「……どういうことだ」
「……先を話して?」
 三人の王子はそれぞれテーブルに身を乗り出し、他に誰もいないというのに声を潜めた。
「いいか、起き抜けは誰しも無防備だ。そこに贈り物をすることで相手は隙を突かれた形になり目の前にあること以外を考える余裕がなくなる」
 広兼は人差し指を立てて言った。
「つまり、容易に甘い雰囲気になれるということだ。幸い寝起きだから寝台もすぐそこにあるし起こしにくる侍女さえなんとか言い含めておけば……」
「それってつまり君、早苗さんを瓏に取られて寂しいんでしょ」
 ずばりと王伊に言い当てられると、広兼は否定もせずにがたりと立ち上がった。
「そうだ俺は寂しい!」
 いかにも間抜けな宣言である。
「早苗が乳母はいらないって言うから夜中だって授乳でちょくちょく隣からいなくなるしそれなのに朝早く起きて息子をあやしに行くし……。女って子供産んだら聴覚も発達するものなのか? 同じ部屋に寝てるわけでもないのになぜか早苗には瓏の泣き声が聞こえるらしいんだ」
「早苗さんあまり寝てないの? それは心配だね」
「そこで俺は早苗をなんとか寝台に縛り付けておいてあわよくばいちゃいちゃ大作戦を考えたわけだ」
「賢者の王子とは思えない馬鹿みたいな作戦名だけど……って鳥代、さっきから黙り込んじゃってどうしたの?」
 それまで俯いてぶつぶつと何やら呟いていた鳥代は、やおら立ち上がりがしっと広兼の手を掴むとこう叫んだ。
「よしその作戦乗った!」
「そっか君も珀御前といちゃいちゃしたいんだね……」
 と王伊が哀れな眼差しを向ける。
 必要以上の接触を拒否する珀蓮や子育てに忙しい早苗を相手にしているのと違って、新祢とはそれなりに甘い時間を過ごしている王伊である。
 かくして妻をなんとか寝台に縛り付けておいてあわよくばいちゃいちゃ大作戦――別名クリスマス大作戦が決行される運びとなったのであった。


「ははは。そういうわけじゃったか」
 目覚めてすぐ夫から赤い薔薇の花束を渡された新祢は、王伊からことの顛末を聞いて笑った。
 突然の花束に今日はなんの日だったかと思いを巡らせたが、そういうわけだったとは。
「確かに、甘い花の香りのする朝は悪くないのう」
 新祢は寝乱れたままの髪を耳にかけ薔薇に鼻を寄せた。すると隣に王伊が腰掛けてきて妻のほおに唇を押し付ける。
「君が望むなら、毎日でも準備するけど」
「阿呆。毎日でないから特別なのじゃ」
「じゃあ毎日違う花にする?」
「物はいらん。王伊」
 新祢は夫の方に身を寄せると、目を伏せて互いの温もりが混じり合うのを感じた。
「朝起きて、そなたがいてくれるだけで十分じゃ」
 本当に、それだけでいい。他の何もいらない。
 愛する人が側にいてくれるという奇跡を、新祢はもう十分承知していた。
「だからこれでいい」
「うん」
 そう言ったかと思うと、王伊は新祢が持っていた花束を奪って寝台の上に投げ捨て、正面から妻を強く抱きしめた。
「愛してる、新祢」
「妾も愛しておる……そなたを」
 そう口にして伝えることの大切さを、彼女はよく知っていたのだった。


 先に目が覚めて身支度も終えた珀蓮は、夫を起こすために寝室に戻った。昨晩も遅くまで執務をしていたこの国の次期国王は、たらりとよだれを垂らして気持ち良さそうに眠っている。
 寝台の縁に腰掛け、その間抜け顔を見てくすりと笑った彼女は少しの間その寝顔を見てから、夫の肩を乱暴に叩いた。
「起きなさい、鳥代。朝よ」
 いつもならぐずぐずと言ったあげくまだ一緒に寝ようなどと言って珀蓮を寝台に引き摺り込もうとして返り討ちに遭いようやく起きる鳥代であるが、この日ばかりは様子が違った。
「朝!」
 はっと覚醒してガバリと起き上がったかと思うと、先に目覚めてばっちり化粧も終えてしまった妻を見てがっかりしたように肩を落とす。
「はぁああ。失敗したぁ」
 自分を見てため息をつかれてはいい気分ではない。珀蓮はその美しい顔をしかめると、「何よ」と冷たく言った。
「いやごめん、こっちの話。本当はさ、俺の方が早く起きて目覚めたばかりの無防備なあんたに贈り物をしてあわよくばもにょもにょ」
「何よはっきり言いなさいよ。気持ち悪いわね。まだ寝ぼけてるの?」
「いいからちょっとそこで待ってて」
 鳥代はそう言うと、のそのそと珀蓮のいる方とは反対側に降りて床に座り込み、寝台の下から衣装箱を引き摺り出した。
 何事かと珀蓮が見ていると、箱の中から見事な刺繍の薄藍のドレスを取り出す。
「これをね、あんたに贈ろうと思ってたわけ。西大陸から取り寄せたんだ」
「浮気をしたなら正直におっしゃい」
「してないし! はぁ……まったく、これじゃ予定と全然違うじゃないか……」
 本当に残念そうな様子の夫に呆れるの半分憐れみ半分で、珀蓮は息を吐いた。仕方なく立ち上がって夫のところまで行くと、彼が持っていたドレスを受け取って自分に当てる。ふむ、珍しい型のドレスだ。次の晩餐会にいいかもしれない。
 珀蓮はにっこりと微笑むと、「どう?」と聞いた。
 すると鳥代は顔を少し赤くして「お、おお。うん。似合う」と答える。
 自分で贈っておいて顔を赤くする意味がわからないが、こういうところがこの男の愛すべきところなのだとわかっている。だから珀蓮はドレスを両手で持ったまま夫に近づき、少し背伸びしてその耳元で囁いたのだった。
「ドレスを女性に贈る意味がわかっているの?」
 それはドレスを脱がすためだと、社交界にいる紳士淑女なら誰でも知っている。
 妻の言葉の意味を解した鳥代が、今度こそ林檎のように顔を赤くしてがばりと自分を抱きしめるのを、珀蓮は正確に予想していた。
「……くそ。俺の負けだ」
 いかにも悔しげにそう呟く夫に珀蓮はころころと笑い声をあげる。
「わたくしを思い通りに動かそうなんて、百年早いのよ」


 ぱちりと目が覚めた時、早苗はいつもと何かが違うことをはっきりと感じ取っていた。
 まず頭の冴え方が違う。どうやらとても質のいい睡眠ができたようだ。それに部屋の明るさや、空気が違った。いつもと違う甘い香りがする。隣を見ると、夫はすでにそこにおらず、遠くから赤子の泣き声が聞こえてくる。乳房の張り具合を見れば夜中の授乳もなかったのは明らかだ。早苗は慌てて寝台から飛び出した。
 寝室から一部屋挟んだ東側の部屋が子供部屋だ。
 身支度をする余裕もなく早苗が子供部屋に飛び込むと、そこには「瓏! ほら白湯だぞ飲め! あばばばばばー!」と匙を片手に赤子を抱く夫と、心配そうな様子でそれを取り巻く侍女達の姿があった。
 早苗がぽかんと戸口でそれを見ていると、侍女の一人がそれに気づいてほっとした様子で声をあげる。
「ああよかった、早苗様!」
 侍女は広兼から赤子を取り上げると、さっさと早苗に渡して言った。
「最初は白湯もお飲みになってたんですけど、もうごまかされてはくれないみたいで」
 顔を真っ赤にして涙を流して泣いている息子の要求を正しく理解した早苗は、いつもそうしているように椅子に座って乳を含ませてやった。すると赤子はぴたりと泣き止み、これを待っていたのだとばかりに乳に吸い付いてくる。張ってぱんぱんであった乳房にそれは少しの痛みを伴ったが、同時に安堵ももたらした。
「やっぱり母親がいいんだな」
 広兼は、服をよだれや涙でべとべとにして、ほおに引っかき傷さえ作っていた。
「よく眠れたか?」
 それなのに笑顔でそう聞いてくる夫にひどく申し訳なく思って、早苗はすぐ謝罪した。
「あの、ごめんなさい広兼様。私、全然起きられなくて……」
「ああいや違うんだ。俺が、寝室に睡眠を深くする香木を焚いておいた」
「え?」
 早苗は瞬きをした。
「最近ちゃんと眠れてなかっただろう? 心配だったんだ」
「まぁ……あの……」
 早苗は言うべき言葉が見つからずに何度か瞬きをする。確かにここしばらくは瓏も夜泣きがひどくてあまり眠れていなかった。
「君は頑張りすぎだ」
 すると、ぽろりと彼女の目尻から溢れる雫があった。
「あら」
「ああほら、やっぱり疲れてたんだ。早苗、瓏のことはもっと人に任せればいい」
「でも、あの」
 空いている手で涙を拭おうとすると、広兼がそれを掴みそのまま包み込むように早苗を抱きしめた。
「瓏は普通の子じゃない。だから心配なのはわかる。でも君は一人じゃないだろう? 瓏は俺達の子だ。一人で頑張りすぎないでくれ」
 夫の言葉がまるで早苗の中で何かのつっかえを取ってしまったかのように、次々と涙が溢れてきた。
 その時初めて、早苗は自分が不安だったことを知った。
 瓏が魔女であることは生まれる前からわかっていた。
 今の時代、魔女を育てたことのある人間がどれだけいるだろう? 葫は、瓏を世界最後の魔女だと言った。この子には、早苗が知っている他の魔女が持つ孤独を教えたくないと、早苗はずっと思っていた。
 自分が常に側にいなければ、と。
「瓏も一人じゃない。そうだろう? 俺達の子供なんだから。大丈夫だ」
「……はい」
 ぽろぽろと流れる涙はそのままに、早苗は瓏を支えていない方の腕で夫にすがった。
「それでたまには、俺にも構ってくれ」
 耳元で彼が囁く。
 気づけば部屋には侍女達がいなくなっていて、家族三人だけになっていた。瓏はごくごくと乳を飲んでいる。
「泣いたら君が飛んできてくれるというなら、俺も泣くぞ」
 冗談めかした彼の言葉に、早苗はふふと笑った。
「広兼様はどうしたら泣き止んでくださるの?」
 赤ん坊ではないのだから、乳はいらないだろう。
「……キスを」
 少し身体を離した彼が、息がかかるくらいの距離からまっすぐこちらを見つめてきたので、早苗はどきりと心臓を高鳴らせた。誘われるままに夫に口づけをした彼女は、空腹を満たした赤ん坊がすやすや寝てしまうと侍女に任せて、久方ぶりに夫と甘いひとときを過ごしたのであった。