(次期)王と女王の懸念


「そんなことで私を呼んだの?」
 呆れたように言ったのはかつて西の国の王女であった久袮だ。十六で旅芸人と結婚して二十七歳になった彼女は、今はもう二児の母である。
「あのね、旅芸人の妻というのも忙しいのよ。皆の食事の準備や洗濯や、子供の相手だってあるし……」
「二つの国の王位継承問題がそんなこと、ですって?」
 久袮の双子の姉である王菜がばしんとテーブルを叩いた。
「十分に由々しき問題よ!」
 彼女がテーブルを叩いたことによってこぼれた紅茶を、亜令がすすと拭く。隣り合って座る二人の様子はまるで長年連れ添った夫婦のように息がぴったりと合っていて、幼い頃からこうなる未来を予想していた久袮は嬉しさを隠しながら息を吐いた。
「どうして私なのよ。まずはお父様お母様方に相談するのが筋でしょう?」
「そんなの、あたしが継承権を放棄しろって言われるに決まってるわ」
 王菜が憤慨してぎりりと奥歯を噛みしめる。
「第一王子で継承権一位の亜令と違って、あたしはただの王弟の娘で四位だもの」
「つまり、亜令も王菜も継承権を放棄しないで結婚する方法を一緒に考えてくれってこと?」
「そうよ」
「あのね、さっきも言ったけど私はただの旅芸人の妻なのよ」
 子供達は今一座の皆と一緒にいる。巡業の予定を知っていた王菜が会いたいと連絡をしてこなければ、こうして東の国の王宮を訪ねるなんてこともなかったはずだ。だいたい久袮は、双子の姉が東の国に留学しに来ていることだって知らなかった。
「でもあたし達四人で考えれば、今までどんなことだって解決してきたわ。そうでしょう?」
 姉のその言葉に幼かった頃を懐かしく思い出しながら久袮は指摘した。
「瓏がいないじゃない」
「瓏兄様は、魔女の修行でちょくちょく姿を消すんだ。今もどこにいるのかよくわからない」
 亜令が答える。
 久しぶりに会う幼馴染を、久袮は改めて不思議な気持ちで見つめた。自分達と三つ違いのはずだから、亜令はもう二十三になっただろうか。白雪姫と呼ばれた美しい母の面影そのままに美しい青年に成長したらしい。彼がかつて泣き虫な少年であったことなど、きっと誰も想像できないだろう。
「頼むよ、久袮姉様」
 それは懐かしい呼び方であった。
 優しく愛情深い両親とその友人達に囲まれて、ただ無邪気であれた幼少時代。あの頃自分達は、両親らの物語を聞いて自分もその主人公になったかのように夢想した。
 魔女と魔術師、過去と未来の物語だ。
 王族であることを放棄して旅芸人の妻となった自分も十分に劇的な人生を送っていると自負していたが、幼い頃聞いたあの物語からこぼれ落ちたきらきらとした光のようなものはそこにはない。
 あるのはただ、愛する夫と子供達、それに一座の仲間に囲まれて過ごす目まぐるしくも愛おしい日々の温もりだけだ。
 それを後悔したことはない。
 けれど久袮には、目の前にいる二人がまだあのきらきらとした光の中にいるように見えた。
「そうね……」
 久袮は息を吐いた。
「過去に王様同士で結婚した前例がないか調べてみたの?」
「うん。実は西の大陸でそういう事例があったんだ。小国同士の結婚で、結局二人の間には一人しか子供が生まれなくて継承権問題で少しもめたみたい。最終的に、二つの国は一つになったらしいんだけど……」
「子供くらいあたしがバンバン生んでやるわよ」
「王菜……前にも言ったけど子供は授かりものだよ。僕達がそう望んでても君が言うようにバンバン生まれるかわからない」
 久袮は、亜令が王菜のことを『王菜』と呼び捨てにしていることに驚いたが、今は口にしないでおいた。
「やっぱり一番現実的なのは、普段はそれぞれの国で仕事をして、一年に数回赤い森の屋敷で夫婦として過ごすことだと思うんだけど……僕の心配はさ、王菜がちゃんと王様の仕事を休んで僕のところに帰って来てくれるかどうかなんだよね」
 ふぅとため息をついた亜令の言葉に久袮は感心した。
「確かにそうね」
 さすが幼馴染である。王菜の性格をよくわかっている。
 王菜は昔から野心が強くその才能を持て余していた。一たび王座につけば、高い能力を遺憾無く発揮して西の国でも長く語り継がれる女王になるだろう。簡単に言えば、久袮の双子の姉は仕事人間なのだ。勉強が好きで、燃えるような向上心がある。
「……」
 王菜が否定しないところを見ると、自分でもその懸念があることを認めているのだろう。
「困ったわね」
 久袮は思わず笑った。
「笑い事じゃないのよ。夫婦生活が減れば子供が生まれる確率だって減るのよ。最終的には世継ぎ問題が出てくるわ」
「世継ぎ問題は別にどうとでもなるよ。子沢山の南の国から養子を取ったっていいんだし。それより僕は単純に夫婦として過ごす時間が減る方が問題だと……」
「わかった、わかったわ」
 久袮はぱんぱんと両手を叩いて二人の口をつぐませた。二人の様子を見れば、おそらく彼らがこの議論を何回も繰り返してきたのだろうことが推測できる。
 久袮に助けを求めたのは苦肉の策に違いないのだ。
「いいわ。一つの結論に達するまで付き合ってあげる」
 久袮がそう言うと、王菜がぱっと顔を輝かせて、亜令が安堵の息を吐いた。
「その代わり、条件があるわ。うちの一座を王宮に呼んで、仕事をさせてくれる?」
「もちろんだよ久袮姉。部屋も用意する」
 亜令がそう請け負うと、王菜もうきうきと言った。
「そうよ。あたしの甥っ子姪っ子にも会わなきゃね。何歳になったんだっけ?」
「七歳と三歳よ」
「父上と母上も喜ぶよ」
「そうだわ。お父様お母様もお呼びしようかしら」
「それなら南の方にもお声がけしないとね」
 そうと決まったら各方面に手配をしないといけないとそわそわし出した二人を横目に、冷めた菩提樹の香草茶を一口飲んで思わず笑みをこぼした久袮であった。