南の国の灰かぶり


「まあまぁまぁ」
「こちらへいらして早苗様。お茶とお菓子を用意しておりますのよ」
「広兼様はこんな方が好みだったのね!」
「……」
「こらこら皆そんなにはしゃいでは早苗様が驚いてしまわれてよ」
「さぁ、早苗様、遠慮なさらないでどうぞ」
 概してどの国でも嫁と姑というものの間には問題が起こりやすいものである。ましてや一人の嫁に対して姑が五人に小姑が一人、しかも相手は身分違いの王族ともなれば嫁となる女性の心の負担は計り知れないものになるだろう。
しかしこの場合嫁も普通の神経を持った女性ではなかったのが幸いだった。
 金髪碧眼の異国の髪と眼の色を持った灰かぶりは、貴い身分の義母五人と義姉一人を前にして、臆することなく微笑むと王族に対する正式な礼をした。
「はじめまして皆様方。早苗と申します。ふつつか者ではございますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」




「綺麗な髪の色ですねぇ」
 うっとりと言ったのは第三王子広智の妻だ。
「眼の色もとても綺麗ですわ。不思議な色ね。硝子玉みたい」
 一番幼く無垢な雰囲気の五妃がはしゃいだ様子で手を叩く。
「ねぇ、全身の毛もこの色なの?」
 とちゃっかり早苗の左隣に陣取った三妃が早苗の着ている衣装を捲ろうとすると、不埒なその手を三妃の向こう側に座った二妃が扇子でぴしりと叩いて止めた。
「……二妃様、痛い」
「……」
 寡黙な二妃殿下に睨まれてはさすがの三妃も唇を尖らせて手を引っ込めた。
 そして早苗の正面に座った王妃が微笑む。
「何はともあれ、お会いできて嬉しいわ。広兼様は少々女性嫌いに育ってしまったようなので心配していたところなのよ。それがまさかあなたのように可愛らしい方を連れて戻っていらっしゃるとは」
 六人の中で一番年長であるだけあって、王妃が一番落ち着いているようだった。凛と背筋を伸ばして座っている様子は珀蓮とも共通する高潔さを感じさせる。
早苗の右隣には広兼の母である四妃が座っていて、彼女はずーっとにこにこと嬉しそうに笑っていた。
 結婚式前のこのお茶会に早苗一人で参加させるということに対して、夫となるこの南の国の第六王子広兼は猛反対した。
 彼女は平民でそういう場にあまり慣れていないからというのが理由だが、妃達はそれを一蹴した。出生に関係なく、こういう場に保護者が必要な女性ならそもそも王家の妻には相応しくはない。
 母達の言うことはもっともで、広兼はうぐと言葉を詰まらせた。しかし彼は引き下がらずに、それではと早苗の友人である珀蓮と新祢の同席を希望した。せめて彼女達がいれば早苗の心の負担も減るだろうと考えたのだ。
そしてお茶会はある天気の良い午後に行われることになった。
 その場に早苗だけが一足先に現れたのは、他の二人には他に用事があったからだ。
 西の国の情勢のせいでまだしばらく結婚式を挙げられなさそうな西の第二王子とその婚約者のために、内輪で擬似的な結婚式を挙げようと提案したのはお祭り好きな南の国の妃達である。それでは東の国の王子とその婚約者も含めた三組の合同結婚式にしてしまおうという話になった。
 本来なら王族の結婚式の衣装などは採寸から始まり何月もかけて作り上げるものだが、今回の場合はお遊びに近い。正式なものでもないのだから、既存の衣装を使うことになり、今珀蓮と新祢はその衣装を選んでいるところであった。
 もちろん早苗の衣装はかなり前から準備されているので一緒に選ぶ必要はない。
 そういうわけで、新祢と珀蓮は衣装選びが終わり次第お茶会に参加することになっていた。
「珀蓮や新祢の衣装もご用意していただいたとか……。妃殿下方のお気遣いには感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」
 早苗は座ったまま深く頭を下げた。
「よいのですよ。鳥代様や王伊様も私達は幼い頃から存じ上げております。お二人のことは私達も息子のように思っているのですから」
 年が近いせいか、三人の王子は幼い頃から仲が良いようだった。広兼は自分には見せない顔であの友人達と話をする。早苗はそんな彼の顔を見るのが好きだった。
彼らに対してだけ、まるで少年のように彼は笑うのだ。その笑顔が可愛らしいと思う。
「早苗様」
 王妃がふと真面目な顔で早苗の名を呼んだ。すると不思議と空気がぴんと張り詰め、場がしん、と静かになった。
 早苗は居住まいを正す。いくらいつもおっとりとした彼女でも、こういう場で緊張しないわけではない。
 早苗は既に広兼の兄達にも会っていた。正面に座る王妃殿下は第一王子である広義殿下の母君だ。五人もいる王の妃達がこんなふうに仲良く暮らしていけるのは、王の才覚もあるのだろうが最初の妃である王妃の度量もあるだろう。
 妃達もまた笑いを収めて早苗を見ている。
「はい、王妃殿下」
 と早苗はゆっくり答えた。
 どんな時でも相手から目を逸らさない。虚勢でもいいから動揺したところを見せない。穏やかに心を保ち、現状を正しく把握する。
 父から教えられたことだ。相手からどれだけ自分の利益を引き出すかが商売の鍵になる。
「この国の王族がなんと呼ばれているかはご存知ですね」
 東の国は破魔の一族、西の国は軍人の一族、南の国は賢者の一族。
 子供でも知っていることだ。
「はい」
 彼女が答えると王妃は続けた。
「知恵ある者。知識の収集者。歴史の番人。情報の保管者。賢者の一族とは、そういった性質を持つ者達です。知るということに際限はない。私達の子や夫は、どこまでも貪欲であることを求められます。そしてその母であり妻である私達は、それを理解し彼らの欲を満たすことを妨げてはならない……」
「……」
 賢者の王子のそういった業を、広兼に感じることは確かにあった。
 彼の知識はいつも深く広い。
 南の国の妃達が、このお茶会を珀蓮と新祢の衣装選びの時間に合わせたのはわざとだった。
賢者の妻達は問いたかったのだ。早苗に。愛情だけに護られた結婚もありえた平民の娘に、王族の妻になるということが、この南の国の王子の妃になるということがどういうことか知っているのかと。
 早苗はゆっくりと瞬きをした。
「言っていることがわかりますか? 早苗様」
「王妃殿下」
 早苗はふんわりと微笑んだ。
「私は広兼様に一番に愛していただきたいとは思いません」
 彼女は自分の笑顔を効果的に見せる方法を知っていた。
 異端なるこの髪と眼の色は、それだけで人の目を惹き付ける。それは早苗が生まれ持っていた自分の武器だ。
「私はあの方の隣に立ちたい。あの方の前に両手を上げて立ちふさがるのでもなく、妨げにならないよう一歩後ろに立つのでもなく、その隣に立って、あの方の得るべきものを共に得、護るべきものを共に護りたいのです」
 そう思ったから、早苗は広兼の手を取った。
『後悔しないという約束はできませんが、少なくとも今私にそれを拒否する理由はありません』
 あの時一度だけ広兼は早苗にその覚悟を問うた。
 自分のあの傲慢な答えを彼は怒ってもよかったのだ。早苗はその意味を正確には理解していなかった。王族の伴侶になるということを。そのことについて考える余裕がなかったからだ。目の前には新祢を攫った魔女がいた。
 けれど彼女は嬉しかった。
 彼が自分のためにあの階段を下りてきてくれたことが。自分の前に跪いて手を差し伸べてくれたことが。
そしてあの自分の傲慢な答えを笑って許してくれたことが、とても嬉しかったのだ。
「私が広兼様から一番に欲しいものがあるとしたらそれは揺ぎ無い信頼なのです。殿下方」
 柔らかい笑顔でその内側の利己的で我侭な子供を覆い隠している。それが自分だと早苗は理解していた。
そしてそれを誰かに晒すことが怖かった。義姉や他の自分に好意の目を向けてくれる人達が、自分のそういった本質を知って離れていくのが怖かったからだ。
 父が注いでくれた無条件の愛情を、たとえ義姉達といえど、同じように期待することはできなかった。
 なのに彼は笑った。
 そんなこと、と言って抱きしめてくれた。
 だから彼女は恋に落ちた。
「私はあの方を信じています。どんな私だってきっと広兼様は受け入れてくださるでしょう。だから私はあの方から同じだけの信頼が欲しい。そのための手段なら、きっと私は選びません」
 もし彼の求めるものと自分の求めるものが相反した時、たとえ自らの何かを曲げてでも、彼の信頼のために行動する。
 王族の妻となるために、早苗がした覚悟はそれだった。
「……答えに、なっておりますでしょうか?」
 早苗がそう言って小さく首を傾げると、少しの沈黙が落ちる。庭の木々さえも遠慮してざわめきを抑えるようなその静寂の後に、王妃がやっとその双眸を細めて笑った。
「よろしい。とても、好ましい答えだわ。早苗様」
 とたん硬かった綿入れが突然その柔らかさを取り戻したかのように場の雰囲気が溶けた。
「まぁ。とても、凛々しかったわ、早苗様。私の時なんて、苛められているのかと思って少し泣きそうになってしまったのに」
 と第三王子妃が笑う。すると三妃が盛大に顔をしかめた。
「よく言うわ。あなたに同じ問いをした時の答えを覚えているの? あなたは目を丸くしてこう言ったのよ。『何もわからないで賢者の王子の妻になるような愚鈍な女をあなた方の王子が選ばれるとお思いですか?』ああっあの時思わずあなたの頬をぐいーっと引っ張ってあげたくなったわ!」
「実際引っ張られましたわ。ひどい三妃様」
「早苗様、ほら、こちらのお菓子をお召し上がりになって。これは広兼が小さい頃から好きなんですよ」
 と四妃が早苗の皿の前に焼き菓子の大皿を寄せてくる。
「まぁ。二妃様とてもご機嫌が麗しそうですね」
 無感動無表情無口が標準の第二妃の笑顔に、年若い五妃が嬉しそうに言った。第三王子妃よりも若い彼女は、二妃の遠縁の娘でもあるのでこの寡黙な二番目の妃にとても懐いているのだ。
 早苗は四妃に薦められたお菓子を取って一口食べた。
「美味しいです」
 王宮で出されたとは思えないような、素朴な味の焼き菓子だった。
 四妃は穏やかに笑って言った。
「早苗様はお菓子作りがお得意なのでしょう? どうかこれを広兼にも作ってあげてくださいね。あの子はまだまだここには戻らないつもりのようだから……」
 家の味を忘れないように、ということだろう。たとえ王の妻や王の子であろうとも、家族であることに変わりはないのだ。
早苗は花がほころぶように笑った。
「はい。あとで作り方をうかがいます。ありがとうございます、お義母様」




「で、どうだった?」
 その後広兼が珀蓮に会った時、彼はこっそりお茶会が様子だったかを尋ねた。早苗はとても楽しかったと言っていたが、何か嫌な思いをしたとしても彼女がそれを口に出して言うとは思えなかったのだ。
 しかし返ってきた反応は広兼が予想していたどんなものとも違った。
 珀蓮はどこか不愉快そうに顔をしかめると、広兼をぎろりと睨んだ。
「わたくし達が行った頃には妃殿下方は皆早苗の笑顔の虜になっていらしてよ」
 広兼があんまり早苗を心配するから急いで衣装選びを終わらせて行ったのに、とんだ肩透かしだ。過保護に過ぎるのではないかと怒られて、広兼はなんとも言えない顔になった。
 早苗の笑顔の虜とはどういうことか。
 その言葉の意味を、広兼は後日嫌というほど理解した。
 広兼と早苗の正式な結婚式の後、妃達から新しい義娘・妹への贈り物は王宮の部屋を一つ占拠するほどだった。それだけでなく王宮に滞在している間中早苗はほとんど妃達に独占され、いい加減うんざりした広兼は式を終えると早々に早苗を連れて南の国の王宮を出て行った。
 早苗の義姉達の例を見ても、どうやら早苗は年上の女性達を惹きつけてやまない魅力があるらしい。
 王宮を出る馬車の中で、彼女はおっとりと首を傾げて笑った。
「広兼様のお母様方とお義姉様はとても可愛らしくていい方達ですね」
 広兼の女性嫌いの原因とも言える女性陣をそう評した早苗を、彼は心から尊敬したのだった。