何よりも兄と弟達の幸せを願ってる。
 けれどそれは純粋な愛情ではなく、贖罪に似ている。
 苦しい。
 けれど、私が苦しむのは違う。
 そんなの許されない。
 だって奪ったのは私だ。
 兄弟達から温もりを、居場所を、安心を。
 そして母の最期の愛情さえも。
 悪魔のように容赦なく奪ってしまった。
 癒えない傷。
 それを穿ったのは私だ。
 ああ。
 そうだ。
 私が奪ったのだ。


 久しぶりに熱を出した。
 家に一人だったし、華子にうつしたらまずいと思ってタクシーに乗って実家に向かった。
 これがまずかったのだ。梅雨の時期に入り始めていた外の空気は湿っていて、今にも雨が降りそうに雲が立ち込めていた。どんよりと空気が重く、熱で気だるい身体に、それはまとわりつく。
 高熱。車。雨。
 これは最悪だった。
 正体の見えない不安感が静の内部を侵食し、実家の和室でようやく横になった時に、その正体を悟った。
 身体が思い出してしまったのだ。
 あの夜の事を。
 全てが一変したあの日の事を。
 あの瞬間を。
 夢を見た。
 昔の夢。
 父も母も生きていて、ただ笑ってだけいられた頃。
 幸せなはずのその光景も、今の彼女には罪を突きつけるものにしかならない。
 もう二度と手に入らないものを見せ付けられるのは、身を切るように苦しかった。
 目を覚まして、自分が泣いていた事に気付いて激しく自己嫌悪が襲った。
 まるで弱い者のように泣く自分に腹が立った。
 気持ちが悪い。
 違うだろう。
 泣くのは自分ではない。
 泣きたいのは、奪われた彼らの方だ。
 泣いていいのは、彼らであって自分ではないのだ。
 ごめんね。
 絶対に口にはのぼらせない言葉。
 ごめんね。
 言えない。
 言う事などできない。
 ごめんね。
 だって優しい彼らは、きっと許してしまうから。
 ごめんね。
 ごめんね私の愛しい兄弟達。
 私がすべてを奪ったの。

 もしこの心臓を差し出して全てがもとに戻るなら、私はきっと躊躇いもなくそれをするのに。



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