2.「初日から絡まれる」

 王子の名前は王子じゃなかった。いや、『おうじ』には変わりないんだけど、とにかく彼の名前は行武王治と言うらしかった。そしてもう片方の野蛮そうな奴は綾小路玄。
「ふうん、八木原円ちゃんか。なかなか珍しい名前だね」
 いやいやあんた達も相当だよ、とわたしは思ったけど言わなかった。それくらいの分別は持ち合わせている。幸いなことに。
 朝の不運な事故で一命をとりとめてから、結局わたし達は三人一緒に登校することになった。
 今日はほとんどの学生さんにとって記念すべき入学式だが、けっこう余裕を持って家を出ていたので遅刻の心配はない。マジよかったー。これで入院とかなったらもうわたし二度と社会復帰できなかったかもだ。
「僕のことは王治でいいよ。皆そう呼んでるし。僕も円ちゃんって呼んでいい?」
 なんて馴れ馴れしいというか図々しいというかええと、なんだっけもっとプラスな言い方あったと思うけど思いつかない。とにかくわたしにはちょっと眩しすぎるかんじで接してくる王子……もとい王治とは対照的に、もう一人の男はいっさいわたしに興味がないようだった。それどころか、
「あー。またひったくり犯とか通り魔とか出ねぇかなぁ。くそ、あいつもっと殴っときゃよかった」
 とか言っているのでたぶんヤバい奴だ。狂犬だ。近寄らない方がいい。こいつの周囲一メートルは立ち入り禁止区域だ。
 わたしはそう決めてさりげなく距離を取りながら、王治に答えた。
「いいですよ。王治さんみたいな優しい先輩がいるなんてほっとしました」
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 乙女の必須スキルです。
「そう言ってもらえると嬉しいな。ところで、僕達どこかで会ったことないかなぁ?」
「え? やだ王治さん、それって古典的なナンパみたいですよ」
「いやいやそういうつもりはないんだけどね、なんか君のこと見たことあるような気がしてて……なぁ玄。お前はどう思う? この子どっかで見たことないか?」
「ああん?」
 王治に呼びかけられた狂犬が眉を上げてこちらを覗き込んでくる。
 ……。
 なんだこいつもけっこうイケメンだな! 立ち入り禁止区域を五十センチくらいに緩和しておくか!
「知らねー」
 しかし狂犬はそう言ってぷいと顔を背けてしまった。
 お前さっきひったくり犯をぼっこぼこにして戻ってきた時はスポーツマンかと見紛うような爽やかな笑顔を浮かべていたくせに十数分経っただけでそれか。ちっ。
「そうかなぁ。うーん。円ちゃんお姉さんとかいない?」
「いません」
 できれば欲しかった。そんで服の貸し借りとかしてきゃっきゃしてみたかった。その点は非常に残念である。
「じゃあやっぱり僕の勘違いかな。あー。だとするとすごい恥ずかしい。円ちゃん、さっきのは忘れてね。本当、ナンパとかじゃないからさ」
「自分と似てる人って世の中に三人いるっていいますもんね」
「ドッペルゲンガー? それって怖い話じゃないの?」
 とかくだらないことを話しているうちにわたしたちは永嵐高校に到着した。
 狂ったように桜が咲き乱れる校内にはたくさんの生徒と保護者達がいる。グラウンドの奥に大きな掲示板が張り出されていて、そこに生徒が群がっていた。たぶんクラス分けだ。手前には机が並べられていて、何人かの在校生が新入生に紙を配っている。
「あ、じゃあ私先に保健室に行くので……、本当にありがとうございました」
 二人はクラス分けを見に行くのだろうと思って頭を下げると、王治はにこやかに申し出た。
「保健室まで送って行くよ」
 お前のその紳士成分はどこで培われたのだ。現代日本の高校生とは思えないな。
「え? そんな大丈夫です。そこまでしていただくのも申し訳ないのですし……」
 と言った時、
「お! 須磨!」
 と狂犬が声を上げた。
 彼はちょうどわたし達の横を通り過ぎて掲示板に向かおうとしていた男子生徒に飛びつくと、小柄なその子の首に屈強な腕を回した。まるでチワワに絡むドーベルマンだな。狂ったドーベルマン超こわい。
「ちょっと俺のクラス分けも見てきてくれよ」
「やだよ……。自分で見ろよ……」
 小柄な男子はすごく迷惑そうな顔で狂犬を睨みつける。しかし狂犬は少しも悪びれた様子なく無邪気に笑った。
「俺あの人ごみに入るの嫌なんだよ」
「俺だって嫌だよ!」
 そう言い返した瞬間、小柄な男子が少し苦しそうな顔をした。狂犬の腕に首を締めつけられているように見えなくもない。なにこいつ。やっぱ超凶暴じゃん。犬なんて可愛いもんじゃないな。飢えた熊だ、熊。
「わ、かったよ!」
 小柄な男子が少し涙目でそう言うと熊はにやりと笑って彼から離れた。
「頼んだぜー」
「ちきしょー! 今年は絶対お前とは別のクラスになってやるからなー!」
 と叫んで彼は掲示板の方へ走って行った。
 ……かわいそう。
「あ、じゃあ私これでー。本当にありがとうございました」
 わたしはもう一度頭を下げると、そそくさとその場から離れることにした。
 あの熊の側にいてもろくなことにならない気がする。
 今日この日から、心機一転わたしは新しい人生を始めることに決めたのだ。
 初日からケチをつけられたくない。……まぁ、朝の事故でケチをつけられたっていっちゃあそうなんだけど、いやいや気を取り直すのよ円! 人生はまだこれからよ!
 と自分を叱咤してわたしは保健室へ向かおうとした。
 が、校舎に入ろうとしたところでぐいと誰かに腕をひっぱられた。
 なんだ! と相手を睨むと、それが数人の女子の塊だったのでびっくりする。彼女達の目には隠しようのない敵意が宿っていた。
 あれ? なんだこれ?
「あなた、王治君と玄様のなに?」
 ……まあ。なんということでしょう。
「見ない顔だし、一年生でしょ? なんで二人と一緒に登校してきてるの? 二人とも妹とかいないはずよ!」
 新学期早々絡まれた!