帝国の右将軍の恋


「……四十二歳、ですか?」
 ウード=ロテールは困惑した。
 紹介された女性はどう見ても十代後半の娘にしか見えなかったからだ。
「そうよ。ちなみに赤ん坊のアルヴェルトを抱っこしたことだってあるわ」
 彼女がにこにこと笑ってそう言うと、御年三十一歳になられるアルヴェルト王陛下は困ったように眉を下げた。
「ヴィシック……そういうことは別に言わなくてもいいだろう?」
「あら、私の実年齢を信じてもらうのには有効だと思うけど。赤ん坊のアルヴェルトは髪の毛があまり生えてなくてとても可愛かったのよ」
「ヴィシック……」
 ますます肩を落とす陛下を見ていられなかったのか、同時期に左将軍位を拝したアーロン=ヴェルヘムが「あの」と声を上げる。
「魔術、というのはいったいどのような力なのでしょうか?」
 アーロンの興味がウードにも理解できた。
 帝国の魔術師というのはほとんど伝説だ。魔術そのものも、存在は知っていても見たことはなかった。
 するとヴィシック=イースと名乗った彼女は、アーロンとウードをきょとんとした様子で見てから微笑んだ。
「いいわ。実践してみせてあげる」

「いつでもいいわよー」
 それでどうして俺が相手をしているんだ、とウードは思ったがいつの間にかこうなっていたのだから仕方がない。
 彼は今、丸腰の娘の前に剣を構えて立っていた。少し離れたところでアーロンと陛下が見物している。
「……」
 どうにも居心地が悪い。いつでもいいと言われても、丸腰の相手……しかも女性に打ちかかるのは抵抗があった。
 彼女は笑う。
「来ないの? それならそれでもいいけど」
 その鈴のような声が聞こえた瞬間だった。
 何かに足を取られ、全身が引っ張られるようにしてぐるりと視界が回った。咄嗟に身体を捻り尻餅をつくことだけは免れたが、地面に片膝をついて顔を上げた時には目の前に刃が迫っていた。
「……」
 ウードは息を飲む。
「はい、一回死んだ」
 言って彼女は持っていた小刀をくるりと回した。
 何が起きたのか彼にはまったく理解ができなかった。体術のはずがない。視界が回る直前まで、彼女は彼の間合いの外にいたのだ。
「……今のは、いったい」
 ウードが呆然として呟くと、ヴィシック=イースは優しく微笑んで手を差し伸べた。
「風の魔術よ、ウード=ロテール。魔術師と戦う時は先手必勝なの。覚えておいてね」
「……」
 彼が、恋に落ちた瞬間だった。




「……おいヴィシック。お前ロテールに何をしたんだ?」
「は? なんの話よ、ラム」
「お前が姿を現したとたんロテールが顔を真っ赤にして俯いたのは気のせいか?」
「ああ、ウードって赤面症で無口な子なのね。あれで部下には厳しいっていうんだから、不思議よねー」
「……ああ、そういえばお前馬鹿だったんだな。すまん忘れてた」
「なに? なにかしらグントラム=サヒス? それは私に喧嘩を売ってるの?」
「イーニアス殿下もお気の毒に……」
「どうしてそこにイアンが出てくるのよ」
 七年前の一幕であった。