私の彼氏は惚れっぽいくせに一途だ。
「伊里。別れよう」
夜の十時にわざわざ彼女のマンションまで来て別れを告げた彼の顔は、恋する男の顔だった。
どこの女だなんて嫉妬に駆られて問い詰める気もさらさら起きなくて、私はにっこり笑ってこう答えた。
「わかった。ばいばい」
彼も笑って帰って行った。
私の元彼氏は惚れっぽいくせに一途だ。
いつも誰かに恋しては、その時の彼女に別れを告げて、恋した女だけを見てる。
変な男だと思う。
病気かもしれない。
今度家庭の医学でも見ておいた方がいいよとか言ったら、治せない病気なんだよばーかと彼は笑った。
恋がバラ色だって言うのなら、こいつの人生はバラ一色だ。
それが幸せなのか、不幸せなのか、私にはわからないけど。
ばーかと言った彼は、からかうように笑っていたけど少し寂しそうだった。
愛してるのは、
彼の髪と唇と鎖骨と手のひらと。
人を馬鹿にする時の顔と。
頭をなでてくれる時の雰囲気と。
すぐに恋をしてしまう純粋さ。
あーもう。
すごい好きだよ愛してる。
彼と接吻していると、他に何もいらないと思えてくる。
そんな自分が怖くなったりもする。
世界が壊れてしまえばいいのにと思う一瞬だ。
接吻は好き。
大好きだよって、言ってる気がするから。
彼に別れを告げられて、二週間くらいしたある夜、私は町で彼を見かけた。
女と一緒だった。
接吻してた。
私は衝動的に彼らにつかつかと歩み寄った。
そして他の女と目を瞑って唇を合わせている彼の胸倉をつかんで、その唇を奪ってやった。
彼はきょとんとしてた。
「あんたが私じゃない女と接吻するたび私の心はじくじく痛むけど、もしあんたを世界で一番愛してるのが私だってわかってるんなら、いくらだってあんたが恋しい女達と接吻をすればいい」
私はきっと目を吊り上げて、醜い顔をしていたと思う。
同じように驚いた顔をして私を見る彼と女が気に入らなかった。
私はなるべく尊大に見えるように小さな胸をはって、彼を真似して、精一杯馬鹿にしたように笑って、言った。
「そのたびあんたは私の愛の深さに気付くでしょうね」
接吻の甘さは愛の深さ。
いくら他の女と唇合わせたって、私とするより甘いなんて事はありえない。
あんたは甘い蜜を求め続ける蜂みたいに、私を求めるんだわ。
そのまま二人を置いて、私はマンションへ帰った。
その日はよく眠れた。
蜂になった彼に甘い蜜をあげて餌付けする夢を見た。
二日後、彼が真昼にマンションへ来た。
「伊里、好きだ。付き合って」
「あの女は?」
聞くまでもなかったんだけど。
「別れた」
「そう」
「付き合ってくれる?」
「いいわよ」
私は笑った。
彼も笑った。
今度は彼は帰らないで、そのまま私の部屋に泊まった。
私の彼氏は、惚れっぽいくせに一途だ。
そしてそんな彼を、私は泣きたくなるくらい愛してる。