ずっとずっとあなただけ。
雨は好き。
中学校まではこの音が好きで、高校まではこの雰囲気が好きだった。
大学生になる頃には、コイくんが傘を持って迎えに来てくれるから、雨になるのが楽しみになった。
私は駅前で立っていた。周りの人はキオスクで傘を買ったり、電話したりしている。けどスーツを着た仕事帰りの私は、何もしないで駅前に立っていた。
雨を見てた。
コイくんと初めて会ったのも雨の日だった。
今でこそご近所でも評判のだんな様なコイくんだけど、昔はカツアゲだってしちゃう札付きの不良だったんだから。
雨は好きだな。
高校まではそうでもなかったんだけど、大学生になる頃には雨が降るのが楽しみになっていた。雨が降るって事は、アメさんが近くにいるって事だから。
俺は窓の外で雨が降ってるのを見て思わず笑った。
傘を一本取って玄関に向かう。アメさんは強力な雨女のくせに、傘を持ち歩くのが嫌いなんだ。
外に出て、太陽の代わりに月が見える空から、雨が降ってるのを見た。
雨を見た。
アメさんと初めて会ったのも雨の日だった。
今でこそ家の中では笑顔の眩しい若奥さんだけど、昔は他人の前では滅多に笑わない無愛想女だったんだよな。
「金出しな」
だって。
こんなカツアゲの常套文句、現実でも聞けるんだって、ちょっとびっくりした。
雨の降ってる夕方だった。嫌いな傘の代わりにピンクのレインコートをつけた私は、家に帰る近道に人気のない商店街を歩いてたのよ。そこで出くわしたのがカツアゲ現場。店と店の間の小さな路地でね。ほんと、漫画みたいだなって思った。
どんな奴がやってんのかなって、思って、のぞいてみたの。
そしたらちょっと背の高い、赤く髪を染めた学生服と目が合った。
見るからに不良って感じ。
その学生服こそ、私の未来のだんな様。山野恋太郎くんだったのよ。
「金出しな」
だってよ。
こんなカツアゲの決まり文句、いつ聞いてもおもしろくもなんともない。いつもつるんでる不良仲間のオリジナルティのなさに、俺はちょっとうんざりした。
雨の降ってる夕方だった。ゲームセンターで金を使いきってしまって、しょうがないから人気のない商店街まで軍資金を稼ぎに来たってわけだ。カツアゲなんて初めてじゃないけど、おもしろいってわけでもない。
俺は何となくおもしろい事ないかなとか、思って、ふと横を見た。
そしたらこっちを見てる長身の、真面目なかんじの女子高生と目が合った。
見るからに高嶺の花なお嬢様って感じ。
そのお嬢様こそ、俺の未来の奥さん。旧姓、加藤雨さんだったんだよ。
そんな出会いをして、それから色々あって、結局私は彼を好きになって、今にいたるわけよね。
そんな出会いをして、それから色々あって、結局俺は彼女に惚れて、今にいたるわけなんだよな。
だからってわけじゃないけど。
こんな雨の日は、やっぱりちょっと。
楽しくなる。
私は目がよくて、どんな遠くからでもコイくんを見つけられる自信がある。そして向こうからくるTシャツにジーパンの三十代の男は、間違いなく私のだんな様だった。
「コイくん!」
手を振ると、彼も笑って手を振り替えしてくれた。
……なんだかものすごく嬉しそうな顔してるけど、何でだろう。
雨が降ってる日は、コイくんは私が電話とかしなくてもタイミングよく迎えにきてくれる。
わかるんだって。
私が帰ってきたなって。私が側に来たなって。
「お待たせ、帰ろう」
傘を差したまま差し伸べられる手。
ほんとは私、知ってるんだ。
コイくんは雨は好きだけど、雨の日は家にいる方が好きなの。雨の日にごろごろするのが好きなの。だから、いつもなら「何か食べて帰る?」って聞く所を「帰ろう」ってすぐに言うのよ。
私、ほんとは雨の日は外で遊ぶ方が好きなんだけど、遊ぶって時間でもないし。いいわ。大人しく帰ってあげる。
感謝してね。
だんな様。
俺はちょっと目が悪いけど、どんなに遠くからでもアメさんを見つけられる自信はあるよ。そしてやっぱりあそこでスーツきてぼーっと立ってる三十代の女は、俺の奥さんだった。
「コイくん!」
満面の笑みで手を振ってくる。俺も手を振りかえした。
彼女はきっと気づいてないんだろうけど、アメさんはこんな笑顔は俺の前でしか見せない。しっぽ振る犬みたいに、嬉しそうに笑う。逆にこっちが嬉しくなるじゃないか。
「おまたせ、帰ろう」
照れ隠しで傘を持ったまま、手を差し出した。
ほんとは俺、知ってるんだ。
アメさんが傘を持ち歩かないのは雨をもっと感じていたいからだって。傘よりレインコートの方が、雨を身近に感じられるからね。別にレインコートでも風邪ひかないんならいいんだけど、それじゃあ相合傘ができないし。我慢して傘に入ってもらう事にする。
傘を一つだけさして君を迎えに行くのは、俺のささやかな楽しみの一つなんだから。
我慢してね。
奥さん。