太陽と月があれば世界はとりあえず輝いて見える 1

 陸歴にして一〇五五年。西大陸では中小国がひしめきあい、争いの絶えない時代が続いていた。人々は戦火に怯え、男たちは戦いに駆り出された。田畑は荒らされ、弱者は蹂躙された。国内の予算はほとんどが軍事費についやされ、人々の生活は脅かされる。
 大陸は荒れていた。
 しかし今、ある一人の男によって大陸を統一せんとする動きが現れた。
 ジーティガ公国公太子、ザーティス=イブ=ジーティスである。
 ジーティガ公国は、西大陸の東方に位置する国である。人口は約二千万人で、首都リアゼルには石造りの家が立ち並ぶ温暖気候の国だ。ずっと公国は中立だった。公国のこの方針を助けたのは、国の北方を守る鬱蒼としたディグアの森と、難民政策である。賢明なる公主ザカリアは領内に難民のための村を建設し、国庫を開いた。多くの難民は公国に逃れつく事で命を永らえ、周囲の国はそのせいでおいそれとジーティガに手出しができなかったのだ。もちろん、このようなほとんど一方的な、与えるだけの政策が長く続くわけがない。そんな時に立ち上がったのが、ザーティガの公太子殿下だった。
 金の髪に灰色の双眸を持つ彼はこの戦乱の中、戦いを止め平和条約を結ぶ事を各国に呼びかけた。その捨て身の難民政策によって各国の信頼を勝ち得ていた公国の跡継ぎの言葉に、いくつかの国は耳を傾けた。しかし立ち止まれば奪われるという強迫観念が根強いこの戦乱の時代において彼に同調したのはほんの数カ国しかなく、ついに彼自身も戦いに身を投じる事を決意した。
 大陸の国々は驚きを隠せなかった。
 中立を守っていたはずの公国が、武力によって大陸を統一し始めたのである。公国は自らに賛同した国々と盟約を結び、大陸同盟を組織した。これは他の国々にとって脅威であっただろう。わずかであるとはいえいくつかの国が集まった同盟の連合軍を、たかだか中小国の一国が相手にしては力の差は歴然としている。その力に恐れをなし同盟への参加を表明し始める国も出てきて、同盟軍の勢力は確実に大きくなっていた。
 当初、中立の立場を翻し剣を取った公国に非難の声を浴びせる者も少なくなかった。けれどかの国率いる大陸同盟は自分達と対立する国とも話し合いの体勢を常に持ち、極力戦闘を避けていた。万が一戦闘となったとしても死傷者を最小限に抑えて最短時間で勝負を決める。これが可能なのは、指揮官が優秀だったからである。
 公国の公太子ザーティガ=イブ=ジーティスは、間違いなく最高の指揮官だった。彼の軍隊に民間人はいなかった。普通軍の人間が足りないと領内の農村などの男たちを招集するのだが、彼はそれをせずに傭兵を雇った。彼の優秀な所は、正規の軍人と傭兵の違いをよく理解していた点だろう。軍には軍の規律があるが、傭兵には傭兵の規律がある。彼はそれをよく理解し、傭兵と軍人をよく使い分けた。
 大陸同盟軍は、その頒布を見る間に広げていった。しかしそれでも立ち向かおうとする国があったのは、西大陸ならではの性格かもしれない。かつて一つだった大陸は西と東の二つに別れた。現在西大陸に住んでいるのは、ほとんどが東からの移民の子孫である。人々は未開拓だった西大陸に新天地を求め移住してきた。それゆえに、自立心が旺盛で好戦的な人間が集まったのは、当然の結果だと言えるかもしれない。
 彼らは馴れ合うのも従うのも嫌った。
 相手が若干二十五歳の青臭い公太子殿下とあればなおさら、老成した王達はそれに従う事をよしとしなかったのである。

 さて。
 そんな窮地に立たされた王達にも救いの手はあった。
 颯爽と戦場に現れた、『戦場女神』 の存在である。
 彼女の名前はジーリスと言った。姓はなく、故郷も素性も誰も知らない。ただ確かなのは、彼女の軍師としての才能だった。銀の髪に青褐色の双眸を持った彼女は、負けを覚悟で連合との戦いに挑む国に現れては、その類まれなる戦術で同盟軍を圧倒した。彼女の用兵術はまるでダンスでもしているかのように洗練されていて無駄がなかった。
 『戦場女神』 とは、彼女の強さを見た人々がつけた、彼女だけの呼称である。荒れた戦場に降り立ち、まるでゲームでもしているかのように戦局を見据え兵を動かす偉大なる女神。
 戦いは全て彼女の手の内なのだと、人々は畏敬の念をこめて囁きあった。