剣を抜き構えよこれは戦いである 2

 双剣が閃き、次の瞬間にはそれは屈強な剣士の太い首にあてられていた。
「……ぐ」
 剣士は悔しげに顔をゆがめながらも、その手に持った武器を手放した。戦意喪失。
『Aブロック勝ち抜き、双剣のテイ!!』
 拡声器を通した審判の声が会場内に響き、観客は雄たけびを上げた。
 大会はAとBの二ブロックに分けられた勝ち抜き戦である。そして今、Aブロックの勝者となったのは、顔全体を仮面で覆い外套をはおるという不可思議な格好をした少年であった。仮面は白く、まるで感情の見られないものであり、身に纏う外套は煤汚れている。ただ両手に持った双剣と唯一見える顔の部分である黒い双眸だけが、底知れない光を宿していた。
 双剣のテイ。
 それが少年の登録名である。
 小柄な身体、明らかに動きにくい格好に、視界の制限される仮面。戦闘には不向きな要素ばかりであろうその少年がここまで勝ち抜いてきた事は、会場の人々には驚きを隠せない事であった。初めこそ何が起こったのかわからないようすの観客達であったが、少年が敏捷な仕草で屈強な男達を次々と打ち倒していくのを見て、今ではすっかり英雄扱いである。
 観客席では少年が大陸戦争を勝ち抜いた傭兵であるという噂まで飛び交っていた。しかし勝負を公平に行うため、挑戦者達の身元などは年齢以外完全に伏せられる形となっているので、その噂を確かめる術はなにもなかった。
 つまり少年は、まったく未知の、穴馬だった。
 Bブロックの決勝では、サヒャン国出身の傭兵が勝った。三十半ばの男盛りであるその傭兵は、かつての大陸戦争では戦場女神のその戦いぶりをつぶさに見ており、彼女と肩を並べて戦った事をまた誇りにもしている男だった。多くの戦士がそうであるように、彼もまた、かの戦場女神のファンだったのだ。
 Aブロックの勝者とBブロックの勝者が争い、勝った方がこの大会の優勝者である。
 会場ではいよいよ熱気が高まっていた。
 決勝を前に、美貌の帝王から、ここまで勝ち抜いてきた二人の勇者に言葉が賜れる事となっていた。
 観客席の、屋根があり一番見晴らしのいい場所に陣取っていた帝王陛下は、席を立ち、汗と熱気うずまく舞台にまで降りていらした。その場にいた全員が頭を垂れる。もちろん、帝王と同じ舞台上にいる二人の勝者もまた、その場に跪いて頭を垂れていた。
 人々が彼という存在に頭を下げるのは、決してその金髪の男が、この大陸の四分の一を収める帝王であるからというだけではない。それは、その男自身にそうさせる何かがあったからである。
 生まれ付いての王。
 誰もが彼を、ザーティス=ジーティスをそう評する。
 人の上に立つために、人を睥睨するために、人を治めるために、生まれてきた男なのだと。
 その容姿、声、視線、髪の一筋にいたるまで、彼は王であるのだ。
「顔をあげよ」
 帝王は傲慢に言った。
 傭兵と少年は顔を上げた。
 傭兵はさすがに場数を踏んでいるのか、その緊張を表に出す事なく、驚くほど近くにいる目の前の帝王陛下を見上げた。少年の方は仮面おおかげでその心理が読み取れない。
 しかし帝王は、仮面の向こうの少年の双眸を見て、くっと喉をふるわせて笑った。
「お前が馬か」
 帝王は言った。
 帝王は、その手に持っていた剣を鞘から抜き、その切っ先を、跪く二人の間にゆっくりと下ろした。
 チン、と音が響く。
 会場は静まり返っていた。
「誇り高く、戦いぬけ。戦士達よ」
 それが帝王からの言葉だった。
 会場は沸いた。
 そしてしばらくして、その歓声がざわめきに変わっていった。
 いつまでたっても帝王が観客席に帰ろうとしないのだ。予定通りであるなら、彼はその観客の歓声と共に舞台を降り、観客席へと戻っていくはずなのだ。それが、王は二人を見下ろしたまま微動だにしない。どうした事かと、客達はざわついた。
 また何かおかしな事を思いついたのかと、帝王に付いて観客席を降りてきていたシェンロが頭痛を感じながらも舞台に上がろうとした時だった。
 帝王はおっしゃった。
「立て」
 慌てて傭兵が立とうとしたが、それは帝王に切り捨てられた。
「お前ではない」
 では、少年の方か。
 少年はさして動揺した様子もなく、すっとその場で立ち上がった。冷たい、まるで感情をもたないような仮面の向こうから、澄んだ双眸が帝王を見据える。帝王は、まだ抜き身のままの剣の切っ先を、少年の首のすぐ下においた。
 帝王は口の端を上げて笑った。
「無粋な仮面だとは思わないか?」
「……」
 少年は答えなかった。
 次の瞬間、帝王の剣は一閃し、少年の仮面がはじかれて空を飛んだ。
 観客達があっと声を上げる。彼らは自分の目を疑った。
 流れる銀。
 街に出回っている絵姿で見慣れた容貌。
「その暑苦しい外套も取れ。お前が私に隠すものなど、何もないだろう?」
 ザーティスはからかうようにそう言った。
「言っておくけど、優勝するのは私よ」
 仮面を取られたジーリスは、しかし動揺することもなく、目をすがめて答えた。
 いつもどおりの銀の髪に、いつもと違う黒の双眸はどこか違和感がある。ザーティスは剣を下ろした。
「目の色まで変えるとは、凝ってるじゃないか」
「私だってばれて手加減されるとおもしろくないじゃない。色のついたレンズを目にいれてるのよ」
「身代わりを頼んでまで?」
 そう言って、ザーティスは背後の観客席にいる、王妃の椅子に座る女性を振り返った。いまだ彼女はそのヴェールを取っていなかった。しかしその薄布の向こうで、彼女が上品に微笑んだのがわかった。ジーリスは、今だかつてあのように微笑んだ事はない。
「彼女とはちょっと取り引きをしてみたのよ」
 今度はジーリスがにっこりと笑った。
 ザーティスは口の端をあげる。
「いいだろう。存分に、私を楽しませてくれよ。テイ」
「おまかせを、帝王陛下」
 そう言って、ジーリスは恭しく頭を下げた。
 慌てたのはシェンロである。
「じ、ジーリス様! なぜそこに! ではあそこにおられるのは……もが」
 そんなシェンロの口を、ザーティスががしと顎ごと掴んで塞いだ。まるで悪戯を思いついた子供のような笑顔を見せて、ザーティスは言った。
「黙れシェンロ。これの名はテイだ。我が妻はあの観客席に座っているだろう」
 無茶苦茶である。
 戦場女神の絵姿は国境を越えて広まっている。《双剣のテイ》 が帝妃ジーリスである事は、もう既にこの場にいる全員に知られてしまったのだ。それをどう収めるつもりか。
 シェンロが目を白黒させた時だった。
「ザーティス。進行係が困っているわよ」
 帝妃が言った。
 つまり、観客席に座るヴェールの女性である。彼女は背筋を伸ばし、堂々としているように見える。
 観客達は、あれ? とでも言うように帝妃の席に座るの女性と 《双剣のテイ》 を見比べた。混乱してくる。一体どちらが戦女神様なのか。片方はただの他人の空似か、それともあの高い所からこちらを見下ろしているのが偽者か。
 人々の混乱は、王妃の席を見上げて言われた、彼のこの一言で鎮められた。
「ああ、今行くよジーリス・・・・」
 あの、帝王陛下が。
 帝妃殿下には異常とも言える執着を示されるあの方が、観客席におわす方を、《ジーリス》 とお呼びになった。どちらが本物であるかなど、その一言で答えが出る。帝王が愛しげに呼ぶ方こそ帝妃殿下なのだ。
 人々は沸いた。
 今、妻の元に向かって観客席を上がる帝王陛下と、その彼を待つ帝妃殿下を祝福して、歓声を上げた。
「……いや、単純すぎやしねぇか? 観客」
 思わず傭兵時代の口調に戻って呟いたシェンロであった。