青褐色の目がぎらぎらしていた。
その魂を。
不屈の精神を。
高揚して輝くあの双眸を。
彼は愛していた。
彼は。
精霊の中でも異端だった。
否。
異端である事に気付いたのだ。
彼女を。
求めている。
ずっと側に留めたいと思っている。
その死を見届けたいと思っている。
あらゆる危険が、彼女に降りかからなければいいと思っている。
いつからか。
彼はそう思っていたのだ。
リースは息が止まりそうになるほどに走った。
いつもなら息が切れないような距離なのに、彼女の呼吸は完全に乱れていた。
飛び出た小枝でむき出しの手足を切る。
それでも止まらなかった。
森の奥の、嗅ぎなれた空気の漂う場所に戻ってきた時、彼女は自分が逃げてきたのだと思った。
「リース」
なぜ。
なぜ彼はこんな時にこんな風に優しい声を出すのだろう。
いつも。
あんなに意地悪なのに。
顔をあげる。
すると彼が立っている。
青い髪。青い双眸。
彼女が彼に持っているイメージは、空そのものだ。
決して手の届かない風の精霊。
「どうした?」
彼は笑う。きっと、全てを知っている目で。
「テティアト」
彼女は泣いていた。
涙を流していた。
泣いても無駄だともうずっとそうわかっていたのに、それは止まらなかった。
「テティアト」
彼女は小さな女の子のようにしゃくりあげた。
彼女は生まれて初めて、自分以外の誰かを思って泣いていた。
胸が潰れそうに痛い。
涙が止まらない。
「テティアト。彼を助けて」
リースは悲鳴のように言って大声で泣いた。
あの。
穢れに囚われたかわいそうな精霊を。
孤独に潰されそうなあのひとを。
どうかたすけて。
「リース」
テティアトが手を伸ばす。
彼の手が泣く彼女の頬に触れた。
けれど彼女はそれでも大声で泣き続けた。
だから彼女は、彼女の風の精霊が、泣きそうに顔をゆがめている事に気付かなかった。
「リース。どうか、これだけは忘れないで。お前がどこか遠くへ行っても、僕達はずっとお前を愛してる。お前のために風を吹いて、木々を揺らす」
リースの腰に下げられた無骨な剣が揺れている。
「お前を守る剣をあげるよ」
彼はあやすようにリースの頬に口付けをした。
「僕の可愛いリース」
額に。
「ジーリス」
唇に。
「……テティアト」
彼女の顔はぐしゃぐしゃだった。それでも少し泣き止んだ彼女を見て、テティアトは驚くほど優しく微笑んだ。
「お前の魂が好きだよ。それは決して変わらない。だから、どこへ行ってもいいんだ」
リースの本当の名前は、精霊に呼ばれると彼女を縛ってしまうかもしれないからと、ずっと秘められていたはずだった。けれどテティアトは今それを口にした。リースはそれに驚いていた。
「テティアト」
「リース。剣をあげる」
彼はまた「リース」と呼んだ。
聞きなれた呼び名。
「それでお前は強くなる。誰よりも、強くなるんだ」
青い双眸。
今その目は笑っていなかった。
リースはもう泣き止んでいた。
風が吹いている。
優しくリースの髪を撫でている。
テティアト。
「はい」
リースは答えた。
彼女の本当の名前はもう彼女を縛らない。
何故なら彼女はもう決めたからだ。
一生を共にする人間を。
心に決めているからだ。
テティアトは一瞬、寂しそうに笑った。
「参ったな。お前の名前を呼ぶのは、僕のとっておきだったのに」
リースはまた泣いた。
するとテティアトがありがとうと言った。
僕は。
あれの、きれいな魂と、順応性と、素直さと、諦めの悪さと、残酷さと、孤独を愛した。
飽きたら捨ててしまえるおもちゃをもてあそぶように、けれど忘却の存在しないその精霊としての性質ゆえの永遠の愛で。
愛したのだ。
ジーリス。
僕だけのいとし児。
僕の風が永遠にお前を守る。
そしていつか死んだお前を僕が天に送る。
僕だけがその瞬間を見る。
そうして再びお前の魂が生れ落ちるその時まで、僕はこの世界に漂うだろう。
気が遠くなるほどの時間を。
永遠に。