君はだれ


 運命なんてあるわけないだろ。
 奇跡なんて信じないし、神様に祈る奴の気がしれない。
 自分がどうなるかなんて自分次第。
 自分が動かなきゃなにも起こらない。
 自分が助けなきゃ誰も自分を助けない。
 そういうもんだろう?
 それが世の中ってもんさ。
 俺がこう言うと皆俺を馬鹿にする。そして俺が本気だと知ると途端に奇妙なものを見るような目で俺を見る。
 そして二言目には可愛くないと言う。
 ほっといてくれ。
 可愛いと褒めてほしい男がどこにいるんだ。
 母親に可愛いと頭を撫でられて喜んでる俺の同級生達は皆馬鹿だ。
 姓は安藤、名は政宗。
 所属は鈴峯小学校一年三組。
 六歳のガキだ。
 そんな事はわかってる。
 でもそんな事は関係ない。
 俺はいつか彼女を手に入れる。
 運命なんかに頼らずに、俺の力で。
 絶対に。
 絶対だ。
 これだけは真理だ。




 俺がこんな生意気なクソガキになったのには一重に俺の家庭環境に原因がある。
 母親は放浪癖があって、父親はカラオケが好きで毎晩帰りが遅い。父さんのお気に入りのカラオケ屋は子供禁止で、だから俺は大きくなるまで一緒には連れて行ってもらえないらしい。
 俺の家族は超自由だ。
 家に親がいない事なんてざらで、料理だって幼稚園の時には覚えてた。
 別にいいと思う。
 代わりに俺だって好きにさせてもらう。
 ランドセルだって自分で買いに行ったし、外で遅くまで遊んでいても別に怒られなかった。
 ただ一つだけ家族の間で約束があって、必ず生きて帰ってくるっていうのがそれだ。
 母親もどこへ行こうが一日に一回は必ずファックスやメールで生存を知らせてくる。今トルコ。とか。象に乗ってます。とか。
 俺は母親のお土産が楽しみで、母親の土産はかならずどこかの石や宝石だった。
 俺は宝石マニアだ。
 ダイヤトパーズラピスラズリ翡翠アメジストサファイヤ。
 今の俺には高価すぎて手に入らない宝石の数々を、いつか全て俺の手中にするのが俺の夢だ。
 ドリームだ。
 だから俺は、金はないが時間はある俺という資源を有効活用して、学校帰りに穴を掘っている。
 これはいつか義務教育を終えた俺が原石を探す旅に出るための準備であり訓練である。
 同時に穴を掘り進める事によって思わぬ石に出会うのではないかという期待もあった。
 もう今日で三日目なので、結構深くまで掘れている。俺が一人入れるくらい。でもまだまだ掘る予定だ。
 俺が掘ってるのは公園の端にある草地。
 最初は砂場で掘り始めたんだけども、すぐにガチンとかたいものに当たってやめた。
 砂場は偽物の人工物だからだと気付いた俺は、すぐに本当の土を掘り始めた。これが砂場の砂よりもずっと掘りにくくて、俺はすぐにスコップを買いに行った。
 公園に遊びに来るガキ共がものめずらしげに俺の行動を見ていて、たまに一緒に掘りたいとか言い出す奴もいたが、俺はそれを丁重に断った。
 これは俺だけの訓練なのだ。
 鼻水のたれたガキに邪魔してほしくはない。
 俺は黙々と穴を掘った。
 家で今穴を掘っているのだと父親に報告すると、父親は笑って言った。
「地球の反対側まで掘れば母さんがいろんな所に行きやすくなるな」
「馬鹿じゃねぇの。その前に地球の核って奴があるんだよ」
 って俺は言ってやった。
 母さんにもメールで穴を掘っている事を報告した。
『頑張って』
 とだけ返ってきた。
 穴を掘っていると色々なものが出てくる。
 カブトムシの幼虫とかミミズとか、虫系が圧倒的に多いが、白い骨みたいなのが出てきた時はさすがにどきっとした。あとはおもちゃの指輪とか。ゴミ袋とか。なんでこんな所にっていうようなのが出てくる。
 ただの石ころならごろごろと出てくる。でも俺が求めるのはそれらじゃなかった。
 俺は他の場所に浅い穴を掘り、出てきたそれらを丁重に埋めなおした。
 土から出てきたものは土に返すべきなのだ。
 さて。
 それはその日だった。
「わーすごいねー君」
 まず女が話かけてきた。
 はっきり言ってうざいと思った。
 俺は自分の楽しみを邪魔されるのが一番嫌いだ。
 特にこういう女の高い声に邪魔されるのが最悪だ。
 俺は穴の中に入っていて、下を向いて黙々と地面を掘り返して柔らかくしている所だった。まず土を柔らかくしてからそれを外に出すのだ。
 俺が土を柔らかくする作業に熱中して女を無視していたら、突然背中にずしりとした負荷がかかり、甘い匂いのする柔らかいものが俺の首のまきついた。
「!」
 驚いた俺は何かと思って振り向いた。
 すると青い双眸がそこにあった。
 子供だと認識するのに時間がかかった。その子は満面の笑顔で笑って、そしてよだれを俺の服につけた。
「あら、華子は君の事を気に入ったみたいね」
 穴の外に座り込んだ女が言った。けれど俺はその青い目に吸い込まれたようになっていた。
 なんだろう。たとえば、海の深く深くにまで掘り進んだ所で人魚と深海魚が守っている石ころのような、人の身体の中の上から二番目のあばら骨に埋まっている秘密の核のような、そんな感じの、目だった。
 俺は一瞬言葉を失っていて、穴の外の女が笑った。
「ねぇ、どうして穴を掘ってるの?」




「今日すごい綺麗な宝石を見つけたんだ」
 夕食の席で俺は言った。
 今日の夕飯は父さんが買ってきたお好み焼きだった。
「へぇ、どこで?」
 と父さんが聞いた。
「公園」
「誰かが持ってたのか?」
「うん」
「欲しがっちゃ駄目だぞ」
 父さんはお好み焼きを咀嚼しながら言った。
 俺は箸を止めて父さんを見た。
 立っていてもそうだが、座っていても俺は父さんを見る時は見上げるようになる。これが俺と父さんの差なのだと毎回思う。俺はまだ父さんには適わないのだ。
「人が持っているものを欲しがっちゃだめだ。黙って、静かに、手に入れるのが男だ」
 お父さんが自信たっぷりに言った。お父さんが俺にこんな風にものを言うのは珍しい。
「うん」
 俺は箸の動きを再開させながら答えた。
 母さんにも今日綺麗な宝石を見つけたのだとメールを送った。
『頑張って手に入れるのよ』
 とメールが返って来た。


 たとえば眼球を。
 人から取り出してホルマリン漬けにして保存する方法を考えていた。
 眼球を取り出す時はなるべく眼球を傷つけない方法を取りたい。
 二本の指で取り出しては傷つけてしまうかもしれないから、周りの肉を鋭いナイフのようなもので切って取り出すのがいい。土の中にある化石を掘り出すのと同じ要領だ。ただしそのナイフが眼球を傷つけてしまわないように細心の注意をはらわなくてはいけない。技術が必要なのだ。
 それは一朝一夕では身につかない技術だ。
 俺は更なる訓練の必要性を悟った。
 きっと数年の時間が必要になる。
 俺は次の日もまた公園に来た青い目の子供に、おもちゃの指輪をあげた。
 以前掘り出したやつだ。
 彼女の母親と思しき女は嬉しそうな声をあげたし、彼女自身もまた嬉しそうに笑った。
 彼女の目が細められるとその青い目が潤み、いっそうの輝きを増したように見えた。
 指輪はいわば印だった。
 いつか。
 その青い目を手に入れるのは俺なのだ。
 ダイヤトパーズラピスラズリ翡翠アメジストサファイヤ。
 どんな石も適わない至高の石を俺は見つけた。
 絶対に逃したくないし、手に入れたい。
 俺はそう思って土堀りを再開し、そして技術の向上に鋭意努力した。
 そうして十年後に、俺は計画を決行すべく行動を起こす。
 ずっと求めていた宝石。
 十年かけて近しくなり、今や目の前で遊び疲れて眠る彼女のまぶたの周囲の肉を切り裂き、そしてその青い宝石を手に入れる。
 けれどその時俺は気付くことになる。
 俺は。
 彼女を傷つけられない。
 なぜなら俺は彼女に恋をしているからだ。
 至高の宝石は、彼女が持っているからこそ輝くのだ。
 この俺の遅すぎる恋の目覚めは、けれどまだまだずっと先の話なのだ。
 その時の俺は、ただ、最高の、出会いを果たした事に、呆然とする子供だった。




「ねぇ、どうして穴を掘ってるの?」
 俺はただ魅入られたように彼女の目だけを見て口を開いた。
「君はだれ?」
 女がまた笑った。
「その子は華子よ。私の娘」
 華子はよだれをたらして笑った。