お前がいなくなってから息の仕方を忘れた。
血の巡らせ方も。眠り方も。人間としてあるべき方法を俺は見失った。
「やめて父様」
ティレアリアが言う。
けれどその言葉は俺には届かない。
どんなにその声が、双眸が、肌の色が、お前に似ていたとしても。
ティレアリアはお前ではないからだ。
俺の妻。暗闇の中の光。
愛してると呟いても、答える声がない空虚。
テティアトを動かすことは簡単だった。
あれもお前の魂を愛している。
決して土に還らせたりはしない。
捕らえて、閉じ込め、もう二度と、死なせない。
「君は狂ってる」
とテティアトが言った。
わかっている。
でも狂っているのは俺だけではない。
俺も、あの風の精霊も、お前の魂を失っては砕けてしまう。
どこにも還れない。
「母様は……絶対にそんなことを喜ばれたりしないわ」
暗闇に響いてくる声。
彼は笑った。
たとえ心に届かなくても、今はその声だけがこの耳に響く。
「わかってる」
「やめて父様。私は……一人でも大丈夫だから」
母を追って死んでいいのだと、娘は言う。
「駄目だ」
でもそれは許されない。
精霊の祝福をその身に受けた彼らの娘は、人よりもずっと長い時をこれから生きていく。精霊ならいいだろう。彼らはそういうものだ。孤独ではない。
だが人間に。人として生まれた彼らの娘に、その孤独が耐えられるはずがないのだ。
彼は手を伸ばした。
温かくて柔らかいものがその指先に触れる。
かろうじて、彼は息の仕方を思い出す。まだ彼には、人間の部分が残っていた。
「お前を愛しているよ……。ティレアリア」
指に触れる透明の雫。
その声にも、双眸にも、肌の色にも、お前の魂の残り香がある。
手を包む温もり。
ひどく優しいそれは、けれど残酷なほどに求めていたものではなかった。
「……私もよ。父様」
ジーリス。
狂っていく俺を、お前はどう思うだろう。
この娘のように泣くのだろうか。
お前よりも先には死なないと、置いていかないといつか約束した。
だからお前は約束が違うと怒るだろう。
その日を俺は望んでいる。
お前の怒りを。
嘆きを。
罵倒を。
どうしようもなく……その光を。
闇に落ちたこの世界の中で。