20「永遠」

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 お前がいなくなってから息の仕方を忘れた。
 血の巡らせ方も。眠り方も。人間としてあるべき方法を俺は見失った。
「やめて父様」
 ティレアリアが言う。
 けれどその言葉は俺には届かない。
 どんなにその声が、双眸が、肌の色が、お前に似ていたとしても。
 ティレアリアはお前ではないからだ。
 俺の妻。暗闇の中の光。
 愛してると呟いても、答える声がない空虚。
 テティアトを動かすことは簡単だった。
 あれもお前の魂を愛している。
 決して土に還らせたりはしない。
 捕らえて、閉じ込め、もう二度と、死なせない。
「君は狂ってる」
 とテティアトが言った。
 わかっている。
 でも狂っているのは俺だけではない。
 俺も、あの風の精霊も、お前の魂を失っては砕けてしまう。
 どこにも還れない。
「母様は……絶対にそんなことを喜ばれたりしないわ」
 暗闇に響いてくる声。
 彼は笑った。
 たとえ心に届かなくても、今はその声だけがこの耳に響く。
「わかってる」
「やめて父様。私は……一人でも大丈夫だから」
 母を追って死んでいいのだと、娘は言う。
「駄目だ」
 でもそれは許されない。
 精霊の祝福をその身に受けた彼らの娘は、人よりもずっと長い時をこれから生きていく。精霊ならいいだろう。彼らはそういうものだ。孤独ではない。
 だが人間に。人として生まれた彼らの娘に、その孤独が耐えられるはずがないのだ。
 彼は手を伸ばした。
 温かくて柔らかいものがその指先に触れる。
 かろうじて、彼は息の仕方を思い出す。まだ彼には、人間の部分が残っていた。
「お前を愛しているよ……。ティレアリア」
 指に触れる透明の雫。
 その声にも、双眸にも、肌の色にも、お前の魂の残り香がある。
 手を包む温もり。
 ひどく優しいそれは、けれど残酷なほどに求めていたものではなかった。
「……私もよ。父様」
 ジーリス。
 狂っていく俺を、お前はどう思うだろう。
 この娘のように泣くのだろうか。
 お前よりも先には死なないと、置いていかないといつか約束した。
 だからお前は約束が違うと怒るだろう。
 その日を俺は望んでいる。
 お前の怒りを。
 嘆きを。
 罵倒を。
 どうしようもなく……その光を。

 闇に落ちたこの世界の中で。



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