夜の蝶に降るようなキスを2

Open Menu
 僕と彼女が出会った時、彼女は二十七歳バージョンだった。
 時刻は夜十一時で、若い女性が一人で公園をうろついてもいい時間ではない。
 彼女は星を見ているようだった。
 どこか違う世界の人間のように、あの空のどこかの星へ帰りたがっているかぐや姫のように見えた。
 いや、かぐや姫は月に帰るんだけどさ。
 僕は彼女に声をかけた。
 会社帰りのサラリーマンが、ちょっと飲んだ帰りのサラリーマンがね、ナンパかよ。
 女性に声をかけたのなんて、あれが始めてだ。きっとこの先もないと思う。
「すいません」
 それにしたって、まったく面白みのかけらもない話しかけ方だった。
 「すいません」 はないだろう。 「すいません」 は。
 けれど彼女は振り向いて、焦点の合っていなかった双眸を僕に合わせた。
 それからの変化は劇的だ。
 夢うつつだった彼女が現実に戻ってきたかんじ。
 僕をその目で認識して、少し時間を置いて、驚いたように目を見開いて、そして。
 彼女は蝶のように笑った。
 開花する花よりも、脱皮した蝶のように。
 ひらりひらり。
 蝶は飛んで、僕のもとへやってくる。
 彼女はふわりと僕を抱きしめた。
 まるで恋人に会ったかのように。嬉しそうに。
 自分から声をかけたにせよ、初対面のはずの女性に突然抱きしめられて、しかし僕は不思議な安堵感を感じた。
 ああ、よかった。
 あのまま飛び立っていかないでくれて。
 僕のところに降りてきてくれて。
 よかった。





 そして僕と彼女の共同生活が始まった。
 まぁ、ぶっちゃけてお持ち帰り?みたいな?
 でもさ、さすがにびっくりしたよ。
 目が覚めてさ、隣見たら小学生が寝てんだもん。
 ンなファンタジックな経験、人生そう何度もするもんじゃないでしょう。
 マジびびったって。



▲top