「……」
「てへ」
いや、てへとかじゃなくて。
確かに悪戯をごまかすように首を傾げるあなたは僕をノックアウトするくらい可愛いけど。
けどだ。
「どうして小学生なの?」
そう。
昨日、僕の愛が通じて思い込みがとけて、翌朝小学生に戻る事もないだろうと安心して、僕はまぁ、あれだ。昨日の夜はかなり彼女といちゃいちゃしたわけだけれども。
目の前には僕より早く起きて朝食の用意をしていた
小学生姿の。
彼女がいる。
あ、なんかめちゃくちゃヘコむんだけど。
「あ、そんなに落ち込まないで、はるきさん」
「や、落ち込まないでとか言われても、落ち込みますよ」
僕の愛は届いてなかったということか?
せっかく今日から晴れて恋人同士のように昼間デートができると思ってたのに。
だって小学生のまのさんと日曜手をつないで歩いてたら完全にちょっと若いマイホームパパじゃないか。
くそう。
あ、なんか泣きそう。
「あのね、思い込みっていうのは、そんなに簡単にとけるもんじゃないと思うの」
おそるおそる、といった風に彼女が言う。
「いや、ね。頭の中ではもうわかってるのよ? はるきさんとずっと一緒にいられるってね?けど、もう十六年もこうだったでしょう? だから身体にも染み付いちゃってるんだと思うのよ」
がっくりと肩を落として俯いている僕からは見えないが、彼女がかなり焦っているのがわかる。
「だからね、時間がたてば治ると思うの。あ、時間がたてばって言ってもきっとすぐよ、すぐ。ほら、あたし思い込み激しいから。今もうはるきさんと老後を暮らすんだって思い込んでるから……きゃっ」
「もう本当に、おもしろいなぁ、まのさんは」
もう我慢できなくて、僕は彼女を抱きしめて思いっきり笑った。
すると彼女は一瞬きょとんとしたように黙り込んで、今度は怒ったようにじたばたと暴れた。
「だ、だましたわね!」
「落ち込んだのは本当だよ」
「嘘つき!」
「まさかぁ。僕があなたに嘘をつくはずないでしょう?」
「その言い方が嘘くさいんじゃないー!」
「あ、ひどいなぁ。傷つくなぁ」
「もうっ! はるきさん! 離して! 朝ご飯まだ途中なんだからね!」
「はいはい」
素直に離してやる。
すると彼女はぱっと小動物のように離れ、もう! と口を尖らせた。
僕はもう一度笑った。
「まぁ、いっか。まだまだ僕らは一緒にいるんだし? 時間はいくらでもあるんだしね」
そう言うと、彼女はちょっと驚いたように目を見開いてから、にやりと笑った。
小学生らしからぬ顔で。
「言ったわね。別れたいって言っても聞いてあげないから。あたし、ストーカータイプなのよ」
自分で自覚のあるストーカーはいないよ、まのさん。
それよりあなたが覚悟するといい。
僕はやっと捕まえた蝶を籠から出すほど馬鹿じゃないからね。