「産まれた! 産まれた!!」
聞こえてきた赤ん坊の泣き声に、武は狂喜した。退屈すぎて眠ってしまっていた綱と静も目を覚ます。漫画を読んでいた武一は、目を丸くして泣き声のする分娩室を見た。
綱はまだぼーっとしているが、静はすぐに目を輝かせて、
「うまれたの?」
と言った。
分娩室から聞こえるその大きな泣き声は、まるで容赦がない。心の底から泣いている。
武は長椅子の上の三人の子供を一気に抱きしめると、「産まれたんだよ! 君達の弟だ!!」 と言った。
「見たい見たい!」
と静が騒ぎだす。
「待ってね、看護婦さんが出てきてからだ」
「うまれたの?」
目をこすりながら綱がもう一度聞く。
伊津が産気づいたのは今朝方だ。日曜だったけれど病院はすぐ対応してくれた。
武は感激していた。
武一の時も綱と静の時も、彼は仕事で産まれた後に駆け付けたのだ。こうして産まれた瞬間に立ち会うのは初めてのことだった。
「ああ、どうしようどうしよう」
武は落ち着かない。
「あ、そうだ! 伊里さんに言いにいかないと!」
「看護婦さんすぐ出てくるんじゃないの?」
「あああそうだね武一。ううう。伊津さん大丈夫かな。早く中に入れてくれないかな」
「ひろなかだよね!」
静が言う。
「すごい泣いてるけどだいじょうぶなの?」
綱がどこか不安そうに聞く。
「父さん落ち着いてよ」
父親があまりに動揺しているからか、相反して落ち着いた様子の長男が父をなだめた。
その後すぐに看護婦さんが分娩室から出てきて、全員を中に入れてくれた。上から殺菌された服を着て、ようやく中に入る。
つん、とした匂いがした。どこか熱気がこもっている。
部屋中に泣き声が響いている。
伊津は部屋の中央で横たわっていて、その胸に小さな小さな命を抱いていた。
武は妻に駆け寄る。
彼は涙を流していた。
「ありがとう、伊津さん。ありがとう」
伊津は汗をかいていて、けれど優しく微笑んでいる。
武一はそれ以上母に近づくことはできず、綱も兄に習うようにその場で足を止めた。静だけが駆け寄っていって、母の胸の上の赤ん坊を見る。
初めて見た広中は、顔を真っ赤にしてくしゃくしゃに歪めていて、髪の毛はシャワーでも浴びたみたいにぴったりと頭にくっついていた。
お世辞にもかわいいとは言えない。
けれど武は、
「すごくかわいい子だ。伊津さんに似てる」
と言った。
この子は今産まれたのだ。
と静は思った。
本当に、たった今、産まれたのだ。
この世界に。
これはきっと、とんでもなくすごいことなのだ。
と彼女は直感していた。
広中は泣いている。
大声で。
何がそんなに悲しいのだろう。
「泣かないでひろなか」
静は弟にそう言った。
「これからずっと楽しいことばかりだよ。だから泣かないで」
彼女はそう言って、今産まれたばかりの命に手を伸ばした。