十七歳の河野広中の家族と学校に対する考察

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「広中ー兄ちゃん疲れた。肩もんで」
「一秒十円でどう?」
「高けぇよ」
「五円」
「二分頼んだ」
「了解」
 ソファに座った武兄の肩をもんであげながら、僕は笑った。
「武兄親父くさくなったね」
「んだとこのやろあーそこきもちーぐぁあーいー」
 武兄のその声に、床に寝転んでいた綱兄も思わず笑った。
「確かに。武兄も年取ったな」
「うーるせーあーマジさいこーあーそこそこ」
 静姉は正平さんとこの家にいる。
 たぶん今頃は、華子と親子水入らずを楽しんでいるだろう。
 その時、ぴろりろと携帯が鳴った。
「あ、僕だ」
 僕が肩もみを中断すると、こらまだ二分経ってねぇぞと武兄が言った。
「後で無料サービスしてやるよ」
 そう言って僕は携帯を持って居間を出た。
「あ、もしもし? 梶原? どうしたんだよ。え? 何?」
 電話の相手は梶原だった。
 用件は他愛もないことで、僕は笑った。
 最近思うのだが、小学生の頃、僕は怒りを撒き散らしている子供だった。
 その怒りで周りと隔たりを作る子供だった。
 あの日、その怒りが爆発し解けてから、僕の目に写る世界が少し変わったのだ。
 学校ではまず田口が僕にちょっかいをかけなくなり、次第に他のいじめも止んでいった。卒業する頃には、僕には少し話す程度の友人ができていた。中学になってみると、あまり他人が馬鹿に見えなくなってきた。
 実際、深く付き合ってみると人間ていうのは色々な面が見えてくるもので、触発される事も少なくなかった。天才ともてはやされたりもしたが、それは冗談であったり純粋な尊敬であったりした。もちろんそうでないものもあったけど、気にならなかった。人間は自分より優れたものには嫉妬する。それは仕方のないことなのだ。僕はそう思うようになった。
 そして家にいても安らぎを感じるようになった。僕は本音で兄や姉に話せたし、彼らに僕ができる事もあるのだと気付いた。それはたとえば買い物の手伝いであったり、小さな助言であったりするのだけれど、兄達を助ける事ができるのは僕には何より嬉しい事だった。
 あの日から。
 あの、僕の怒りが兄達によって解かれた日から。
 僕はまるで野生の獣が強者に服従を誓うように、兄達に服従を誓っている。
 もし兄達が誰かを殺せというなら殺すし、死ねというなら死ぬだろう。
 たとえそれが間違っている事だと思っても、諭す事はしても彼らの命令に逆らう事はないだろう。


 これは秘密だけれども。
 僕は、兄達を、尊敬している。
 たとえ僕がどんなに天才と言われても、兄達に敵う者は誰もいない。
 僕はきっと一生、そう信じて生きていくのだ。
 そんな人生も、悪くないんじゃないかと、最近思う。


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