25.手錠で拘束される

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「まぁとりあえず今日の集団活動はこれまでってことで。俺用事あるんで行くわ」
 完全に一人状況が理解できていないわたしを置いて、熊男はそう言って部活を解散させた。
 え? そうなの?
 とちょっと拍子抜けだ。もっと私の運を試すような人体実験的なことをされるんだと思ったのに。占いとかロシアンルーレットとか目隠ししてダーツ投げとか。
「じゃあな」
 と熊が出て行き、
「僕も委員会に顔出すんで失礼します」
 と小金丸少年が化学室を後にした。
「俺も帰るわー」
 とパシリさんが帰ってしまうと、わたしと王子の二人きりになった。
 ふーむ。こ、れ、はチャンスだ!
「あの、王治先輩」
「なに?」
「彼女欲しくないですか?」
 普通に会話することはできたし、あの熊ごときにわたしを脅かすことはできないと証明もされたはずだ。
 とりあえず王子を麗に紹介すればミッション終了と考えていいだろう。友情にひびが入ることもなく、わたしはまた平穏な高校生活に戻ることができる。
 この部活を廃部に追い込むのはとりあえず後回し。というかわたしがやめた時点で部活として必要な定員を割ってしまうのだから自動的に解体されるだろう。よし、完璧な計画だわ!
 その唐突な質問に、王子は困ったように笑った。
「ええ? どうしたの突然」
「可愛い子紹介しますよ」
 にこにこと笑いながらわたしは言う。
 今日麗が休みだったのは非常に残念だ。実物を見せた方が話は早いのに!
「それってもしかして、前に円ちゃんが言ってた清水さんていう子?」
 おお。察しがいい!
「そうですそうです! 先週わたし一緒にここに来たんですけど顔覚えてません?」
 王子は爽やかに笑った。
「あ、あの子なんだ。へー。確かに可愛い子だったね。うちの中学のミスっていうのも頷けるなあ」
 おお好感触!
「そうですよね。もうすっごいキュートですよね。美少女ですよね。女神のようですよね」
 わたしなんか最初に見た時二次元から飛び出してきたんだって思ったもんね!
 あれ見て惚れない男は目がおかしいか性的趣向がずれてるかのどっちかだね!
「そうだね。うーん。でも紹介はいいや。ああいう子はあまり好みじゃないんだ」
「ですよね! あんな美人だとちょっと……ってえええ!」
 わたしはおののいた。
「ちょ、何言ってんですか。王治先輩あの時ちゃんと目ん玉かっぽじって見てました? 視力大丈夫ですか? すっごい美少女ですよ。性格も強かでかわいいですよ」
 自分の恋路のためにわたしをこんなわけのわからん部活に入部させるくらいにな! あああでもそういう強かなところも好きなんです。正直な女子の魅力は無限大だ。
「まぁ確かに可愛かったけど、僕はどっちかというと円ちゃんみたいな子の方が好みだなぁ」
 王子はそう言うと、あろうことかそのすらりとした指でわたしの顎に触れた。
 そしてそのきらきらしい王子スマイルをつと近付けてくる。
「玄が円ちゃんを気に入るのもわかるよ」
 ちょ。
「じょじょじょじょじょ冗談はやめてください!」
 わたしはズザザザザ! と、MJもびっくりな素早さで背後にムーンウォークをかました。うおおおお! 背中に机とかなくてよかったー!
 王子はわたしの顎に触れていた指をそのままに、きょとんとした様子で目を丸くしている。そそそそんな可愛い顔するな! ちくしょう顔が熱い!
「わたしはごめんです! まっぴらごめんです! わたしは平穏で楽しいスクールライフを送ると決めてるんです! 王治先輩みたいなかっこいい人気者を彼氏にしちゃったら妬んだ女子達に絡まれたり靴箱に画鋲入れられたりカミソリ入りの手紙送りつけられたりしちゃうじゃないですか!」
 すでに女子に絡まれるという被害は被っているのだからこれはわたしの妄想では決してない!
 そこまで叫びきったわたしがぜいぜいと肩で息をしていると、ぷっと間抜けな音がした。
 ぷ? おならか?
 と思ってひくひくと鼻を動かす。すると次の瞬間、王子は身体を二つに折り畳んで全身を震わせていた。
「ぶふー! うははははは! あは、あーはははははは!! いや、冗談だよ……っぶふ! 玄の女に僕が手なんか出すはずないでしょ? でも今の円ちゃんの顔……あーははははは!!」
 つまり爆笑していたのだ。
 ……。
 殺していいよね?
 わたしは少し屈んで近くにあった椅子を持ち上げた。化学室の椅子は軽い丸椅子だから女子の腕力だって片手で軽々なのだ。
 笑いすぎた王子はもはや床に尻餅をついて前後不覚な状態に陥っている。
 えーっと。ここで撲殺したら指紋拭いて、誰にも見つからないようにこっそり帰ろう。警察が来たらわたしは王治先輩を置いて先に帰りましたときっぱりはっきり証言しよう。
 そう段取りを決めたわたしはすたすたと歩いて行って容赦なく椅子を振りおろしたが、爆笑してこちらを見ていなかったはずの王子は身体を転がしてなんなく避けた。
 ガイン! という音がして床を殴った衝撃がわたしの腕に返ってくる。
 ううう。痺れる!
「ちょっと! 大人しく撲殺されてくださいよ!」
 わたしは文句を言った。
「いやー、円ちゃん。それ本気だったでしょ? いくら僕でも絶対痛いよ」
 当然だ! 殺すつもりなんだからな!
「ねぇ円ちゃん、この土日で玄に会ったの?」
 王子は床に尻餅をついたまま聞いてくる。
 言っとくけどここの床絶対汚いぞ。えんがちょ。
「会いましたよ」
 偶然にも、最悪なタイミングでな。
「なんか言われた?」
「王治先輩、綾小路先輩にはなんでもぺらぺら喋るんですね。付き合ってるんですか?」
 ホモなら麗に心動かされないのも仕方がないな。
「気持ち悪いこと言わないでよ。ぺらぺら喋ったつもりはないんだけど……あ、樋口先輩と兄妹らしいってことは話したよ。いや、そこは前情報として入れておかないと、もし玄がこの間の生徒会室での一件みたいなの目撃しちゃったら傷害通り越して殺人事件になりかねないと思ってさ」
 殺人事件は今まさにこの場で起こる予定でした。お前が被害者でな!
「大きなお世話です」
「あ、この場合僕が心配してるのは玄のことだから。それは円ちゃんに言われる筋合いじゃないよね」
 むかー!
「王治先輩ってちょっと性格悪いですね!」
 こんな奴魔王で十分だ!
「あはは。まぁ人間ってそう簡単には更正しないよねー」
 魔王ならなおさらな!
「わたし帰ります!」
 もー腹立った!
 もういい! 麗には魔王の悪の部分をあることないこと捏造して諦めさせてやる! こんな奴に麗はもったいない! うじのわいたジャガイモと北海道産人参を一緒に煮込むようなものだ!
「あ、ちょっと待って」
 がしり。と腕を掴まれる。
 なんだよもー! あんたといい熊といいそう簡単にわたしの腕を掴むな! むにっとするだろ!
「今日の当番僕なんだよね」
「はあ?」
 何言ってんだこいつ。
 わたしはあからさまに軽蔑的な視線を魔王に投げつけた。
「今日の、円ちゃんを無事家まで送り届ける当番。僕なの。基本的には、僕と玄と丸の交代制ね。あ、もちろん登校時もボディーガードがつくよ」
 はああああああ?
「何言っちゃってるんですか?」
「今日決まったんだ。円ちゃんを不運から回避させるための暫定的な対処。ちなみに須磨と安西は非常要員だよ」
 頭の中に『主な活動:不幸の回避とその対処法の研究』という黒板に書かれていた字が浮かぶ。
「迷惑です」
 わたしははっきりと言った。
「うーん。でも部活だし」
「迷惑です!」
 そんな部活あるか!
「まぁまぁそう言わずに、ちょっとここで待っててよ。僕教室に鞄置いてるの取ってくるからさ」
 魔王はわたしの腕を握ったまま立ち上がると、ぐいぐいと引っ張って窓際まで連れて行った。……ぐ。なにこいつ! すごい力が強い! なに? 窓から突き飛ばす気!?
 と警戒していると、カシャンと聞き慣れない音がした。
 ……ん?
 これは、手、錠?
「ちょ、何すんのよ!」
 わたしは青ざめた。
 実験用のでっかい机の脚とわたしの腕を手錠で繋ぐとかどういうプレイですかこれ!
「念のため言っておくけどその手錠はおもちゃで護身用ね。僕中学の時無茶してたから今だに帰りに呼び止められることがあるんだよねー」
「それなら明らかに先輩と帰る方が危険じゃないですか!」
「大丈夫。円ちゃんは僕が護るから」
 ウィンクするんじゃねぇ!
「じゃあそこで大人しく待っててね」
 ちょっと待てええええ!
 ……うおお。マジで出て行ったよ魔王の奴。
 信じられん。なんでこんなことに……。
 わたしはがっくりとうな垂れた。
 悪夢だ。
 なんだこれ。
 どうしてわたし化学室で手錠で拘束されてんの? 恥ずかしくて助けも呼べない。こんなの誰かに見つかったらお嫁に行けない。
 なんだかどっと疲れてしまったのでわたしはその場に座り込んで壁に背をついた。
 ……もう床が汚いとかどうでもいいや。
 ぼーっと風に揺れるカーテンを見上げていると、窓の外から何やら穏やかならぬ声が聞こえてくることに気付いた。
「……だ、……けん……よ!」
「……オラァ!」
 喧嘩かな? トイレでの一件といい進学校のくせに喧嘩が多いなと思ったわたしは、ふともしや、と思いついて立ち上がった。目一杯腕を伸ばして、窓の下を覗き込む。
 ……。
 やはり、である。
 上から見てもすぐわかる。
 数人の男子生徒が一人の大男を囲んでいる。
 熊男であった。



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