5.教室で注目を浴びる

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 安産だか安全だかわからない奴に指摘された通りわたしは留年している。
 これが二回目の一年生だ。
 そのため保健室で簡単に膝の治療してもらったわたしは、普通に入学式に出る代わりに校長室で頑張れ的な訓示を受け、直接新しい教室へ向かった。
 入学式に間に合わないんで! とかあの不良に言ったのは嘘だ。留年したら校長室で一人入学式受けさせられるんだよ! たぶんこの高校では他に誰も知らないよね! だってこの高校進学校だし! 留年なんて今の校長の任期中で初めてだって言ってたし!
 そんなこんなで昇降口近くで配ってた紙をもらってなかったわたしは、新しいクラスを校長室で教えてもらった。
 一年B組だ。担任は田崎先生。去年はわたしも数学を教わってた先生らしいんだけど、すいません覚えてないです。
 またさっきの女子とか不良に会いたくなかったのでなるべく人通りがなさそうな廊下を選んで教室に行くと、入学式を終えたばかりの新入生達がわらわらいて黒板に張り出された席順を確認したり、隣同士になった子と挨拶したりしていた。
 ううう。胃が痛い。これからこの輪の中に入るのか。キツいな。とりあえず留年してるってことは秘密にしておこう。入学式には体調が悪くなっちゃって出れなかったってことにしとこう。担任の田崎とやらもいきなりわたしが留年してるとか皆にぶっちゃけたりするような馬鹿じゃないだろうから、後できっちり口止めしておかなくちゃ!
 そう決心したわたしは黙って教室に入り、席順を確認する子達の後ろにそっと立ってすみやかに自分の席を確認した。
 ちっ。廊下側の後ろから二番目か。
 誰だよ一番後ろの奴。山崎か? 吉田か?
 振り向くとわたしが一番好きな廊下側一番後ろの席には既に男子が座っていて、もう一人別の男子と楽しそうに喋っていた。あー。しかも男子か。うるさくないといいなぁ。
 そう思いながら、わたしはしずしずとその男子の前の自分の席を目指して歩いた。
 しっかし皆ほとんどが初対面のくせにきゃっきゃきゃっきゃと楽しそうだなぁオイ。どんだけ対人能力が高いんですか。信じられないわ。うーん。友達できるかなぁ。百人とはいわないから一人は欲しいなー。というか高校生活を楽しむためにこうしてもう一回学校に来てるんだから頑張れわたし! ゴーゴーわたし!
 そう自分を鼓舞しながらわたしはようやく自らの席にたどり着いた。ふー。なんとか初航海を乗り切りましたキャプテン!
「そーいやマルは部活どうすんの?」
 と後ろの席に座る男子とその友達はわたしが来たことなど気付かない様子で会話を続けている。いいよいいよ。わたしのことなんて空気だと思ってくれればいいよ。正直わたし男子に興味はないから! 欲しいのは帰りにアイス食べたりしてお喋りできる女友達だから!
「先輩の部活に入部するよ」
「え? 先輩ってもしかして魔王先輩?」
「あはは。お前それ本人に言ったら殺されるよ?」
「魔王先輩って不良やめたってマジなんだ。てっきり俺の兄貴と同じ町田北に行ったと思ったのに」
 町田北はこの永嵐高校と同じ学区内にある不良高校だ。
 しかし魔王先輩って。どんな先輩だよ。世界征服でも企んでたのか。
 まぁ孝重郎も現役時代は歩く殺戮ロボとか呼ばれて恐れられてたしな! 孝重郎ってばただの喧嘩が強い馬鹿だったのに皆に怖がられちゃうような不器用なところがあって、そういうところがわたしにとっては愛しい部分でもあったのだ。
 ああ、いかんいかん。やっぱりわたしナイーブになってるのかしら。孝重郎のことを考えるのは一日三回までって決めてるのに、今日何回考えただろう。
「一年前に、綺麗さっぱりやめたみたいだよ。真野なんて見てもわからないかも」
「そっかー。お前中学ん時から魔王先輩に心酔してたもんなー。もしかして高校も魔王先輩が町田北行ってたらそっち受けてたんじゃねぇの?」
「だって命の恩人だしね。っと、ごめん」
 話に夢中になっていた男子生徒の足がわたしの座っている椅子に当たった。
「いいよ」
 とわたしは一応愛想を振りまいて答えておく。まぁ少なくともあと数週間はこの席順のままなんだろうし、いい印象を持ってもらうにこしたことはないだろう。
 そう考えていると、「あれ?」と椅子に座っている方の男子が言った。
「あんた、入学式の時いたっけ?」
「……」
 何こいつ。入学式に出てた全員の顔でも覚えてるわけ? きもい。
「……ちょっと登校中に転んで怪我しちゃって、気分も悪くなったから保健室で休んでて入学式には出れなかったの」
 だがとりあえず余計な疑問を差し挟まれる前にわたしは言った。
 転んで怪我したのも保健室に行ったのも嘘じゃないし。
「へー。災難だったな! 俺真野忠司。こいつは小金丸友春ね。俺達寺井中なんだけど、あんたは?」
 と真野少年はさわやかに言った。
 見たところスポーツ少年ってかんじ。髪が坊主に近いところを見ると野球かな。もう一人の小金丸少年はどちらかというとひょろりとした優等生タイプ。二人とも顔は悪くないし、女子に人気が出そうだ。
「わたし中学この辺じゃないんだ。二人は中学からの友達なの?」
「そうなんだよー。クサレ縁ってやつ? まさか高校入ってまで同じクラスなんてなー」
「本当災難だよ。いいか? 僕はもうお前に宿題を見せてなんかやらないからな」
「まぁまぁそう言うなって! なぁ、あんた名前は?」
「あ、まだ言ってなかったね。ごめんごめん。わたしは八木原円。よろしくね」
「ハラまでが名字? なんだ。さっき俺と丸で話してたんだよ。黒板に席順で名前載ってるじゃん? ヤギ ゲンエンとハラエンさんとどっちかなーって」
「僕はヤギハラさんじゃないかって言っただろ」
「そうだっけ?」
 まぁ。
 何この子達、超さわやか。うーん、本当にモテそうだな。距離とっといた方がいいかな。仲良くなったら女子から妬まれてハブにされて悲しい高校生活を送る予感がびしばしするし。
「じゃあ、これからよろしくね」
 とわたしはそう言ってくるりと前に向き直った。
 危なかった。早くも高校生活バッドエンドに向かって突き進むところだったわ。学校っていうのにはこうしてそこここに罠が仕掛けられているのね。去年はそもそも学校でエンドを迎えるつもりがなかったからまったく気にしてなかったわ。
 と、その時である。
「おい、友春!」
 と廊下から人を呼ぶ声がした。窓のすぐ横だった私は思わず顔を上げて声の主を確認したが、慌ててばっ! と顔を逸らした。
 狂犬……じゃなくて熊だ! 飼育員は何やってんだ! はやく捕獲しろよ!
 廊下に向かって開け放たれた窓から顔を出し、にやにやと悪そうに笑っているのは他ならぬ今朝の熊男だった。一瞬しか見えなかったけど、その後ろに行武王治ともう一人くらいいた気がする。なんだこいつら。二年じゃないのか。どうして一年の教室に来てるんだ!
「うわ、魔王先輩」
 と後ろの席の真野少年がぼそりと小さく呟いたのが聞こえた。
 え? 魔王先輩? この熊が?
 ああー。なるほど! 熊じゃなくて魔王か! 世界征服を企む悪者か! いや全然不良から足洗ってなくない? さっき男子生徒脅してクラス表見に行かせてたよ?
「うわー。お久しぶりです綾小路先輩。お元気そうですね」
 そう言って答えたのはなんとひょろりとした優等生タイプの小金丸君だった。
 そういやさっき友春って呼ばれてたな!
「おう。お前俺んところ入部すんだろ? 後で二階の化学室に来いよ。そこたまり場だから」
「丸、嫌だったら嫌って言っていいから。玄は強引だけど僕が黙らせるし」
「うるせぇな王治。友春のどこが嫌がってんだよ」
「……おい、お前ら一年の教室で騒ぐなよ。無駄に目立つ」
「目立つのはてめぇの頭だよ馬鹿壮介」
「ああん? んだとてめぇ」
「はいはいはい、騒がない騒がない。ごめんな丸。それだけだから。そこの……ええと、真野君だっけ? 中学の時の丸の友達だよね? 同じクラスなんだ。よかったね。よければ後で丸と一緒においで」
「……あ、俺野球部入るんで遠慮します」
「そう? まぁ、うちはまだ何をするかも決まってない部活だしね。野球頑張って……あれ? 円ちゃん?」
 わたしは透明わたしは透明わたしは透明。とずっと呪文を唱え続けていたがどうやら効果はなかったようだ。
「八木原円ちゃんだよね? 偶然。丸と同じクラスだったんだ。怪我は大丈夫? 保健室の場所すぐわかった?」
 と王治がかいがいしく聞いてくるので、さすがのわたしも無視できなくなった。
 振り向いてさも今気付いたかのような笑顔を見せる。
「あれ? 王治さんじゃないですか! え? もしかしてもしかして小金丸君達の知り合いなんですか? 偶然ですね! 私も今二人と自己紹介したばかりで!」
「……八木原円?」
 と図体のでかい熊の後ろからひょいと顔を出した男を見て、わたしはぴしりと固まった。
 ああああああ安産!
 じゃなかった安全? 違う違うええとええと安西だ! そう、安西!
 やべえ!
「やっぱお前りゅうね」
「言うなああああああああ!」
 とわたしは思わず金髪不良の二年生に突っ張りをかましておおいに周囲の注目を浴びてしまったのだった。



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