すると桃の中から小さな男の子が現れました。
ばあさんに拾われてから千百年。
あいつと離れ離れになってから二百年。
まぁ、この人の世ってやつはわけのわからない事ばかりで、生き飽きるって事ぁないぜ?
けど今はそんな悠長な事言ってる場合じゃないんだって。
俺はあいつを捜さなきゃなんないんだ。
迷子になったらそこを動くなって言ってあるから、たぶんあいつは俺と離れてしまった場所を動いてないんだろう。
あとは俺がその場所へ行けばいいんだが、ここで問題が生じる。
俺は方向音痴なんだ。
知ってるだろ?
どこにいるんだよお前。
早く会いたいのに会えない。
かぐや。
俺がお前を思わない時なんてないぜ。
竹から生まれた月の女王さま。
俺の麗しの隠夜姫。
「あのね、桃太って小さい頃にでご両親も亡くしてるのに、お兄さんを手伝ったり弟さんを支えてあげたりしてるでしょ?」
とか真っ赤な顔して言ってるのは俺のクラスメートの女子だ。
結構気があってた方だと思う。
男勝りな奴だなぁと思ってたけど、やっぱり女である事に変わりないか。ただの噂に踊らされてるあたり。
桃から生まれた俺に両親まして兄や弟なんているわけねぇだろが。
『放課後に倉庫裏に来て』 なんてべたな呼び出し方された時は集団リンチか告白と相場が決まってる。相手が異性の場合は大抵が後者。
そして繰り広げられる現在の場面。
ちょっとマジうんざり。
早く本題に入れよ。
「それでね、ずっとすごいなぁと思ってて」
もじもじもじもじもじもじ。
だからなんだよ。いくらもじもじしても結果は同じだってーの。
「それでね、あの、なんか好きだなぁ、と思って」
へー。
「で?」
「え? あ、あの、付き合って、欲しいんだけど......」
この時点で俺はかなりしらけてる。
それ一言言うために俺の貴重な時間を九分も潰したわけ?
何様だよこの女。
けど俺はやわらかい口調で答えた。
女性には優しくしなさいって、ばあさんに躾けられたからさ。
「ごめん。田中の事そんな風に見れないから俺」
「......あ、いや、あのね、今すぐそういう風に見て欲しいってわけじゃないの。ただこれからね、考えてくれれば......」
お、食い下がるな。
根性は認められるかも。
でもなぁ。
「悪いけど、これから先もそんな風には見れないと思うよ」
困ったような笑顔を作ってそう言うと、女は傷ついた顔をして俺を見た。
その顔にさらにしらける。
「......好きな人、とかいるの?」
「あ? ......ああ」
ああ。
いるよ。
てかそれを先に聞けよ。
脳裏に浮かぶのは至上で最高の女。
烏の濡れ羽色の髪に月色の双眸。
かぐや。
月のもとに生まれた者が全て従う月の女王。
「どんな人?」
聞かれて、俺は思わず鼻で笑った。
は?
どんな人?
それは何?
私に敵うひとなのかって事?
......身の程知らずだねお前。
「お前なんか、比べ物にならない女だよ」
顔はいつもの笑顔のまま、思いっきり冷たい声で俺は言った。
女は愕然とした顔をしている。
こんな返事が返ってくるとは思わなかったんだろう。
俺の本質も見抜けない程度で告って来るからいけないんだよ。
「終わり? じゃ、俺帰るから」
そのまま踵を返して、校門の方に向かった。
後ろの方からなんか泣き声が聞こえてくるけど無視。
うぜぇんだよ。
俺が向かった校門には三つの人影があった。
おそらく俺の兄弟どーのの噂が立ったのは、こいつらのせいだと思う。
スーツを着こなした二十代前半の営業マン。
つんつんした茶髪の不良中学生。
美少年だけど無口無表情な小学生。
あやしい。見るからにあやしいこの組み合わせ。
しかしてその実態は、俺の下僕。
犬と猿と雉だ。
「相変わらず忍耐力ってもんがないですね、桃太郎さん」
呆れたような顔で言った営業マンは犬っころだ。
「んだぎゃあ。だけんども始めの方はきちんとばあさまの言いつけ守っとったぎゃね。大きな成長たい」
とかわけのわからん訛りをつけた不良中学生が馬鹿猿。
「......鬼」
ぼそりと結構むかつく事吐く小学生、もといアホ雉を殴って、俺はすたすたと学校を出て行った。
後ろから三人、というか三匹が付いてくる。
「この町もはずれだ。次行くぞ」
すたすた歩きながら俺が言うと、犬が声を上げた。
「えぇ、また移動ですかぁ?」
「はぁ。桃さんが姫様とはぐれちまった場所さえ覚えとりゃこんな時間をくう事もなかったばってん」
「......方向音痴」
「お前ら今日きびだんご抜きな」
「「「すいませんすいませんすいません」」」
三匹が平謝りしてくる。
ばあさんのきびだんごの味は今や俺とかぐやにしか伝わっていない。
そしてこの三匹はきびだんご中毒。麻薬中毒者よろしく、俺に従うしかないってわけだ。
はっはっは。
「あぁ。姫様早く見つからねかな。姫様ってぇストッパーがなけりゃ桃さんノンストップだべ。虐待だべ。動物愛護協会に訴えるべ?」
「アホか。喋る猿なんざ見世物にされてポイだ。もてあそばれた田舎娘よりもひどい目合うぞ」
「最近の世の中は物騒になったもんですねぇ」
「......世紀末」
「今はもう二〇〇二年だ馬鹿」」
「......」
「あはははは、馬鹿だんべぇ」
とか、黙り込んだ雉指差して笑う猿見てると、ああもう。ほんと。
馬鹿らしくなってくる。
どうせ下僕にするんならもっと賢そうなのにするべきだったかも。
狼とか? 鷲とか? 狐とか?
どしうてよりもよって犬とか猿とか雉よ、俺。
今ここにタイムマシンがあったら昔に行って、俺に会ってきびだんごもらう前にこいつら殺すよ。ほんと。そしたらもっといい下僕ができてたかもしれない。
あー。誰かマジでタイムマシンくれないかな。
まぁ、ともかく。
こんな馬鹿共従えて、俺は彼女を捜してる。
俺の最愛の。
至上の女。
月の女。
月の生き物にはそういう気配があって、近づくとわかるもんなんだ。
俺達はそれをたどって彼女を捜してる。
けれど出会うのは俺と同じ、月から生まれた女王の下僕ばかりで、月の女王はどこにもいない。
満月の夜、その輝きで月さえも隠してしまう彼女はどこにもいない。
かぐや。
かぐや。
騒いでいた三匹が、ふと項垂れる。
「姫様、ほんとにどこにいらっしゃるだべか?」
「かぐやさまはお元気でしょうか......?」
「かぐや姉さま......」
なぁ、この馬鹿共も、こんなにもお前に会いたがってる。
お前を慕ってる。
かぐや、聞こえるか?
こいつらのこの声が。
この三匹よりももっと強く、お前を求める俺の声が。
返事をしろよ。
俺に聞こえるくらい。
そしたらすぐに、迎えに行ってやるのに。