23.教師のおつかいをさせられる

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 結局土曜はあのまま家に帰った。夕飯の親子丼を食べているところに電話が鳴ったので出るとまー君だった。
『あの後大丈夫だったか?』
「うん大丈夫! 心配してくれてありがとー。まー君も仕事大丈夫だった?」
『おお。こっちはいつも通りだよ。さっき清雨と電話してたんだけどよ、火曜なら仕事早く終わるっていうから夕飯一緒に食べねぇか? ステーキよりいいもん奢ってやるよ』
「ステーキよりいいもんって何!」
 聞いたことない!
 そう興奮して言うと、電話口でまー君がははっと笑った。
『よし、じゃあ楽しみにしとけよ。学校に迎えに行くから』
「あ、えーっと」
『清雨の車で行くから安心しろ』
 わたしはほっとした。まー君の車はなんだかフォルムがヤクザっぽいのだ。上の人にもらったらしいけど、フルスモークの黒い車が学校の前に横付けされるのは断じてごめんこうむる。その点キヨ君の車なら普通の軽だったはずだから安心だ。
「いろいろありがとうね、まー君」
 わたしが言うと、まー君は『お前も可愛いこと言うようになったじゃねぇか』とヤクザっぽく答えた。『円』と優しくわたしの名前を呼んで続ける。
『いいか? 俺達に遠慮すんなよ。お前は俺達の妹みたいなもんだ。それにもしお前になんかあったら、孝重郎が化けて出て俺達を呪い殺すに決まってる。そんなのごめんだからな』
 それが冗談だということはわかっていた。
「うん。ありがとう。……まー君達がいてくれてよかった」
『みさをが喜ぶような台詞だな。じゃあな円、戸締まりはちゃんとすんだぞ。危ないことはするな。変な男に付け回されたら言えよ』
 最後のはたぶん熊男のことだろう。わたしは笑った。
「はは。大丈夫だよ。おやすみまー君。火曜日楽しみにしてるよ。電話ありがとう」
『おやすみ』
 そうしてわたしは電話を切った。
 深呼吸して、自分の状態を確認する。
 うん、大丈夫。
 孝重郎を、過去の記憶として綺麗に折り畳んで引き出しにしまう作業は終えていた。だからもう、ゲームセンターを出てきた時みたいに変に取り乱すことはない。
 今はまだそれに向き合う時ではない。
 わたしはそう思っていた。
 まずわたしは、孝重郎が最後に願ったことを実行しなければならない。前を向いて、楽しいハイスクールライフを送って無事卒業する。それが今のわたしの最大にして唯一の生きる目的だ。
 だから大丈夫だよ孝重郎。
 わたしは歩いていける。
 この脚で、この目の前の道の上をどこまでも。
 あなたの声が聞こえないところまで。
 わたしはそう思って、強く目を瞑った。





 日曜日は何事もなく終わり、月曜日がやってきた。
 わたしはいつも通りに登校し、いつも通りに授業を受けた。いつもと違うのは、麗が休みだったことくらいだ。わたしがチラチラと麗の席を見ていると、後ろの席の真野君が教えてくれた。
「清水のやつ、中学の時もたまにこうやって休んでたんだ。なんか家庭の事情? ってやつみたいだから心配しなくてもいいと思うぜ」
 ふーん、そうなんだ。
 家庭の事情っていうのもなんか心配だけど、まぁ体調崩したわけじゃないなら大丈夫かな!
 昼休みにはオリエンテーリングを一緒にやった女子に仲間に入れてもらって給食を食べた。女の子同士の他愛のない話に興じていると、自分がこの子達より一つ年上のことなんか簡単に忘れる。うーん、なんていうか若返った気分!
 午後は体育、倫理という健やかな睡眠に誘うコンボをクラス一体となって乗り越え、あっという間に放課後になった。
 この時にはもうわたしは、あのふざけた部活に顔を出すことを決めていた。
 あの熊男から逃げ続けるなんて不可能だ。(なんていっても同じ学校だし)それならわたしは大丈夫ってことを証明しなきゃ。
 大丈夫。引き出しの中の孝重郎は動き出してなんかいない。恐れることなんてない。あいつは無関係なただの熊だ。
 そういうわけでわたしはホームルームが終わると、化学室に向かう為いち早く教室を出ようとしたのだが、まだ教室に残っていた田崎先生に「ちょっと荷物多いから誰かに手伝ってもらおうかな。えーと、今日は七日だから……出席番号二十九番! お、八木原か。ちょっと手伝え」と意味のわからないことを言われて職員室までお供することになってしまった。
 職員室に着くと、ついでにとばかりに「あとこの資料を数学資料室に置いてきてくれよ」とプリント束を渡されて、さらに数学資料室に着くともう一人の数学教師らしき老人がぎっくり腰になったところに居合わせてしまって、保健室に駆け込んで迎えにきた家族の車に乗せるという一連の事件まで経験してしまった。
 そんなこんなでもう四時である!
 予定が大幅に狂ってしまったと思いながらも化学室へ向かって後ろ側の扉をガラリと開けると、珍しく男達は教室の前方に集まって黒板を見上げていた。
「あ、円ちゃん。よかった、帰ったかと思った」
 端の椅子に座っていた王子が振り向いて笑う。右から王子、小金丸、パシリ、金髪不良の順に座っていて、熊男はチョークを手に黒板の前に立っていた。
「おう。お前もそこに椅子持ってきて座れ」
 と熊が言う。
 しかしわたしはにっこりと微笑むと、
「何をやっていらっしゃるんですか?」
 と問うた。
「わがマド部の活動内容の説明をしている」
 熊が答える。
 そして彼の横の黒板には綺麗な字でこう書かれていた。









 色チョークまで使ってご苦労なことだと思うが、声を大にして言おう。
 大きなお世話だ!(特に3が)



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