24.一人で置いていかれる

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「素朴な疑問なんですけど、部活申請届に活動内容書く欄ありますよね? あれなんて書いたんですか?」
 とりあえず問答無用で黒板消しを手に取り、熊を押しのけて黒板の文字を消したわたしはふと疑問に思って聞いた。以前生徒会長に見せられた時はそこまで見てなかったのだ。部員の欄に自分の名前があったことに驚きすぎてな!
 熊は自分が書いた文字を消されたことに対して怒る様子ひとつ見せずに、それどころか楽しそうににやにやしながら答えた。
「『マドの人類学的見地における研究』」
「……」
 なんだそれ。
「……よくそれで許可出ましたね?」
「ああ、俺の祖父さんこの学校の理事の一人だから」
 はー、なるほど。
「最低ですね」
 悔しいのでわたしはおかえしとばかりににっこり笑ってそう言ってやった。すると熊は声を上げて笑う。
「あはは。そうだろ?」
 きー! 全然堪えてないところがムカツくー!
「な、なんで綾小路の野郎怒らないんだ……?」
「ですよね。普通だったら相手ぼっこぼこですよね。やっぱり八木原さんのこと相当気に入ってるんですね」
 黒板の前に座るパシリと小金丸少年のこそこそとした話し声が耳に入ってくる。わたしはそちらをきっと睨んだ。
 違う! 馬鹿にしてるんだ! このにやにやとした顔が人を馬鹿にしてるんじゃなくてなんだっていうんだ! 
 パシリの隣に座っている金髪不良はこちらをちらりとも見ずに読書にふけっているし、王子はにこにこと微笑んでいる。
 ちくしょうなんなんだこいつら! 全員そこに並べ殴ってやる!
 とわたしが憤慨していると、熊がぱん、と両手を叩いて言った。
「まぁ、というわけで、活動内容の説明は以上だ。各自さっき言った分担で活動を進めるように」
 え、説明終ってたわけ?
 だから黒板を消しても何も言わなかったのか!
 ちょっと待て。『主な活動:不幸の回避とその対処法の研究』っていったい何するつもりなんだお前ら!
 わたしが抗議の声を上げようとしたその時、ガラリと前方の扉が開いた。
「お、皆揃ってるねー。ちょっとごめんね」
 入ってきたのはおさげに眼鏡の容貌が整っている生徒会長、安西理子先輩だ。よかった! なんとなく黒板の文字消しといてよかった! 第三者にまで恥をさらすところだった!
 彼女はつかつかと王子の前に行くと、持っていた紙をぺらりと差し出して言った。
「行武君、この備品購入申請届だけど却下ね。コーヒーメーカーとか活動にいらないでしょ」
 王子は立ち上がると、にこにこと穏やかに笑いながらその紙を受け取った。王子のキラキラスマイルだ。ファンの女子なら瞬殺される技に違いない。
 しかし残念ながら生徒会長には効かないようだ。
「あれ? でも校長と顧問の印鑑は貰ったはずですが」
「あのね、わけのわからない部活を作ることには百歩譲って了承したけど、不要なものに割く経費はびた一文としてないのよ。あなたも経理やるなら覚えておいてね」
 おっしゃる通り!
「なるほど。そういうわけらしいよ、玄」
「仕方ねぇな。じゃあうちから持ってくるか」
「玄の家にあるのって何十万とかするやつじゃないの?」
 え! 何それ! そんなコーヒーメーカーあんの!? どんなコーヒーが作れるの!? 金箔入り!?
「そうだけど?」
「あのね、綾小路君。そんな高価な私物を学校に持ってくるのはどうかと思うわ」
 生徒会長がため息をついて言う。
 本当だよ!
「古いやつだし別にいいよ。壊したり盗んだりする奴がいたら半殺しにするし」
 ひ、ひええー。
 猛獣注意って貼っといたほうがいいな、そのコーヒーメーカー。間違ってもわたしは触らないようにしよう。あああ、でも飲んでみたい。数十万のコーヒーメーカーで作るコーヒー! 香ばしくて芳醇な香りが大人な時間でふわああってなるんだろうなきっと!
 生徒会長は困ったような顔をすると、一番奥にいた金髪不良を見て言った。
「壮介、綾小路君が問題起こさないようにちゃんと見ておいてね」
「……ああ」
 金髪不良は本から顔を上げずに答える。
 そういえば姉弟なんだっけ二人。うーん。近くで見るとやっぱりなんとなく似てる。年子って珍しいなー。
 そう思っていると、先ほど生徒会長が入ってきた扉が再びガラリと開いて、「理子ー」と声が掛けられた。
 ん? なんか金髪不良の肩がぴくりと震えたような……?
「安藤? どうしたの?」
 と生徒会長が答える。
 戸口にいたのは、シャツを出して少しだらしない印象の男子生徒だった。上履きの色から判断して三年。顔はそこそこ……というより普通、かな。でもなんだか目を引く。不思議な雰囲気がある。
「帰ろーぜ」
「え? 駄目よ。今日もやることあるって言ったじゃない」
「荻原にやらせろよ、そんなもん」
「あのね、副会長は雑用係じゃないの。そんなふうに言うなら安藤も手伝ってよ。引き継ぎの準備忙しいんだから」
「めんどくせー」
「なら一人で帰れば?」
 生徒会長はそっけなくそう言うと、こちらに向き直って続けた。
「綾小路君、行武君、そういうことでよろしくね」
 そして最後にわたしを見て笑う。
「あ、あと八木原さん。もし退部届け出したければいつでも受け付けるけど、よかったら少し彼らに付き合ってあげて。こういう居場所がないと何やらかすかわからない子達だから」
「安心してください理子先輩。僕達はいたって大人しいですから」
 王子が心外そうに言うと、
「何言ってるのよ。入学して早々傷害事件起こして停学処分されたのは誰?」
 と生徒会長は答えた。
「玄です」
「違ぇよ。傷害はお前だろ。俺は器物破損」
「そうだった?」
「どっちもどっちよ、まったく。少なくとも犯罪に手を染める時は、可愛い女生徒と一年生とうちの弟は巻き込まないでね」
「もちろんです」
 王子がそう請け負ってすぐ、「俺のことも巻き込むなよ!」とパシリが声を上げるが無視された。かわいそう。
「理ー子ー」
 戸口にいる先輩が呼ぶ。
「はいはい。じゃあね。よろしく」
 そうして生徒会長はわたし達に手を振って部屋から出て行った。
 ……えーと、今閉まろうとする扉の隙間から安藤とか呼ばれてた先輩が生徒会長の肩に腕を回してほっぺにちゅーをする衝撃的瞬間を目撃した気がするのですが気のせいですか? どうぞ。
「相変わらずラブラブだなぁ、理子先輩と安藤先輩」
 王子が苦笑して言った。
「あ、やっぱりあの人彼氏さんなんですか?」
「そうだよ。幼なじみで、小学生の時から付き合ってるんだって」
 うお、マジで? そりゃすげぇや。
 その時ガン! と大きな音が後ろから響いてきてわたしはびくりと飛び上がった。
 な、なんだ! 異星人の襲来か!?
 警戒して振り向くと、なにやら金髪不良が立ち上がっている。その目つきたるや地獄の鬼を彷彿とさせた。血の池から出ようとする人を棍棒で殴るあの怖い鬼だ。隣に座っていたパシリ君なんかは驚いたのか椅子から転げ落ちていて顔が青ざめている。
 ……あれ? さっきまで金髪不良が座ってたとおぼしき椅子が壁際に転がってるけどまさか今あれ蹴ったの? このひと……。
 わたしがそう思ってすぐに、金髪不良は踵を返すとすたすたとわたしの横を通って教室から出て行ってしまった。
 わたしはふっと息を吐く。
 はああああ! 今金髪不良がこっち向かってきた時殺られるかと思った! そういう目だった! あれはやばい目だった! 人殺しの目だったよ!
 そう思っていると、わたしのすぐ隣にいた熊が呆れたように言った。
「……王治、お前今わざと言っただろ?」
 ん? 何の話?
「うん。だっていいかげん安西も不毛だと思ってさ」
「お前後で殴られるぞ」
「あはは。安西ごとき、返り討ちにするよ」
「大丈夫ですか? 須磨先輩」
「お、お、お、俺殺されるかと思った!」
「ですね。安西先輩すごい顔してましたもんね。でも安西先輩ってそうだったんですね。意外な一面だなー」
「お前行武馬鹿じゃねぇの! なんでわざわざあんな安西挑発するようなこと言うんだよ!」
「だから安西のことを思ってのことだってば。須磨、人の話聞いてるの?」
「うるせぇ馬鹿! ちきしょう、ケツが痛ぇ!」
 んんん?
 まったく話が見えません。
 誰か、説明プリーズ!!



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