さる程に宰相殿に十三にならせ給ふ姫君おはします。御かたちすぐれ候へば、一寸法師姫君を見たてまつりしより思ひとなり、いかにもして案をめぐらし、わが女房にせばやと思ひ、ある時みつもの取り茶袋に入れ、姫君のふしておはしけるに、謀事はかりごとをめぐらし、姫君の御口にぬり、さて茶袋ばかりもちて泣きゐたり。
あの時あんたを罠に嵌めた事は後悔してないぜ。
それくらい僕はあんたが欲しかったし、
その後のあんたとの旅はこの上ない幸せだったからな。
あんたは嫌々ながらも付いてきてくれた。
最後には心を開いてくれた。
それがどんなに嬉しかったかわかるかい?
最後にあんたは言ったな。
私を捜さないでと。
私が死んでも、来世の自分を捜すなと言った。
僕は約束を守ってるだろう?
あんたを捜してなんていないさ。
けど忘れるなよ。
月の力を受けた俺達は、一度抱いた思いは忘れない。
僕は一寸法師。
小さな身体であんたを守った。
覚えてるかい?
「お嬢さん可愛いね、僕とデートしない?」
急いでいるのか僕が声を掛けたお嬢さんはつんとして無視してくれた。
ちぇ。そっけないね。
けどこれくらいじゃめげないぜ?
自慢じゃないが僕のナンパが成功したためしはないんだ。一回も。
どうしてだろうなぁ。
そんなに悪いつくりの顔じゃないと思うんだけど......。
今日はいい天気だ。
彼女を看取ってから千九十五年と二十二日目の正午。
僕はちょっと遠出をして海の近くの公園に来ていた。
潮の香りが気持ちいい。
初めてじいさんとばあさんの家を出た時を思い出すな。
お椀と箸を持って出た。
広い世界を見るために。
「一寸ばかしの可愛いお兄さん、私とデートしない?」
突然背後からかけられた高い声に、僕はいくばくかの期待と共に振り返った。
そして心からがっかりした。
そこには美形な小学生を抱えた青年がいた。
先ほどの高い声はこの声変わりもまだな小学生のものだろう。
青年は意地悪く口の端をゆがめて笑っている。
「よう、久しぶりだな法師」
「相変わらず悪趣味だな、桃太郎」
桃から生まれた桃太郎。
下僕を三匹従えた親友との再会に、僕は思わず笑った。
「元気だったか?」
「ばっかだねお前」
「うるせ」
桃太郎が姫君とはくれた原因を聞いて、僕は思わず声を上げて笑った。
その声に驚いたのか近くまで来ていた鳩が飛び立つ。
僕達は今公園のベンチの一つに腰掛けていた。
「ありえないよ。ちょっと買い物にでかけて迷子になるなんてさ」
「だからうるせーっつーの。ちょっと近道しようと思ったんだよ」
「近道が三百年もかかってりゃ姫君も心配で夜も眠られないんじゃないか?」
「黙れチビ」
「今は一八七センチあるよ」
「元チビ」
あははは、と僕はまた笑う。
こんな風に言い合える友人はいいと思う。特に、永遠の命を持つ僕達には、こんな風になにもかも語り合える友人は貴重なんだ。
かぐやの姫君が桃太郎を伴侶にお選びになられて、その祝言に行った僕に、桃太郎は言ったものだ。
『捜せよ法師。お前だけの永遠の相棒を』
その頃僕はまだ一寸しかなくて、幼かった。
お椀に乗って箸を持って旅に出たばかりだった。
そして時が経って彼女に出会い、恋をして、だまして連れ出して。
色々あって、大きく成長して、彼女が死んで。
僕はいまここにいる。
いま、ここに。
「しかし、お前の相棒もすごい女だよな」
「は?」
僕の心を読んだかのような桃太郎の言葉に、僕は少し驚いて聞き返した。
「捜すななんて、一般的に定義される人間の女達はそんな事言わないぜ?」
確かに。
彼女は、色々な意味で規格外のひとだった。
僕に騙されて攫われても泣かずに僕を罵倒した。
明らかに異種の僕への恋をあっさりと受け入れた。
そして妻になった。
僕の子を産みたいとさえ言った。
彼女は自信に満ちていた。
強いひとだった。
「当然だろ。それだけいい女ってことだ」
「うわやだやだ真顔でのろける男って」
「ばーか」
「ばかって言う奴がばかだ馬鹿」
「じゃあお前ばかじゃねぇか」
そしてまた笑う。
潮風が髪をなぶる。
子供の笑い声が聞こえた。
「......やっぱ寂しいな」
「なにが?」
「会えないのがだよ」
「誰に?」
「喧嘩売ってんのか?もちろん俺のかぐやにだよ」
「お前のじゃないだろ」
「俺のだよ」
「月の女王を所有物扱いかよ」
「しょうがねぇじゃん。俺のだもん」
大の男が「だもん」とか言うんじゃねーよやっぱばか。
「お前は?」
「あ?」
「寂しくねぇの?」
「どうして?」
「会えなくて。捜せなくて。抱きしめられなくて」
あほな事聞くんじゃないよ桃太郎。
「寂しいに決まってるだろ」
お姫様。
僕を愛して虜にして、そして捜すなと言った残酷なお姫様。
いっそ死ねばと何度思ったことだろう。
けれど死なない。
けれど死ねない。
心臓を刺しても首を切っても死なない月の者の性質がではなく、いつかあんたに会えるんじゃないかという期待が僕を縛る。
せめて約束が欲しかった。
もう一度出会えると。
ただ捜すなと言ったあんたの真意は、もしかしたらもう会いたくないというものなんだろうか?
まさかと笑いながら、不安が残るよ。
お姫様。
早く会いたい。
「かぐやが言っていたぜ」
黙りこんだ僕を見かねてか、桃太郎が口を開いた。
「お前に捜すなと言ったお姫様の気持ちがわかるとな」
かぐや姫。
幾度となくお会いした、この世界に散らばる月の眷属全ての主。
「......わかる?」
声が掠れた。
「ああ。俺とかぐやの祝言の時にかぐやはお姫様と会ってるからな。強い女だと言っていた。強くて傲慢な女だと」
「......はは。違いないな」
思わず笑った。
なるほど彼女は傲慢だと言えるほどに、自信に満ち溢れた女だったから。
輝かんばかりの女だったから。
『馬鹿ね。この私があんたを選んだの。だからもっとかっこよくあってよ』
そう言って笑ったのを覚えてる。
まぶしいよ。
「法師。お前のお姫様は受身の女じゃないだろう?何かをされるのを、お前に捜されるのを待つ女じゃないだろう?」
「......」
『あんたは待ってるだけでいいよ。私が追いかけるから』
「捜して欲しくないんじゃない。お姫様の方から捜したいんだろうよ」
「......」
ああ。
『愛されたいんじゃない。私は愛したいのよ法師』
「ああ、もう」
僕はたまらず髪をくしゃくしゃにした。
やだやだお前。
どうしてそうなの?
少しはじっと待ってろよ。
ああそうだなかぐや姫。
きっとあなたの言うとおりなんだろう。
少しもじっとしていられない僕のお姫様は、私が行くからあんたは待ってろと、そう言ってるんだろうよ。
「あれなにお前。安心じゃないの?ため息なの?」
「ああいやまぁ。安心っちゃ安心だけどもお前。僕情けないなおい」
「否定はしねぇよ。まぁ大人しく王子様に発見されるのを待っとくんだな。約束したわけだし」
「ああああもう」
あんな約束すんじゃなかったかも。
捜さないなんて。
生殺しだよお姫様。
「......ナンパしてくる」
「ナンパかよ」
「うるせ。お前とっととかぐや姫捜しに行け」
「へーへー。達者でな法師」
「おーよ」
桃太郎に背を向けたまま手をひらひらと振って、人通りの多そうな所に向かって歩く。
あー、いつになるんだ。
あんたをまたこの腕に抱けるのは。
くそ空が青いぜぇ。
と、目の前に茶髪の女性の後姿。
うん。あの髪の艶は美人に違いない。
「そこの髪の綺麗なお嬢さん、なんだったら僕とデートしない?」
いつものノリで声をかける。
そしていつものように無視される。
僕ってそんなに魅力ない?
マジでちょっとへこんでると、声をかけられた。
「そこのナンパしてるお兄さん、なんだったら私とデートしない?」
二度も同じ手にひっかかるか。
なんだ桃太郎何の用だと言おうとして振り向いて、けれど絶句した。
「あら脈あり?」
にっこりと笑う女。
長い黒髪。
細身の身体。
頬のえくぼ。
なにより彼女からにじみ出るその霊の気配。
「......」
お姫様。
「ねぇ暇なんでしょう?デートしない?」
「はい」
気が付いたらそう答えていた。
すごいすごいよあんた。
何もない人間なのに、この何億もの人間の中で僕を見つけた。
傲慢なまでの自信を持つだけあるね。
格好いいよ。
ナンパにナンパを重ねて、いつかあんたに出会える奇跡を期待したけど、逆ナンされるとは思わなかった。
どこまでも積極的だよあんたって女は。
お姫様。
やっと会えた。
やっと出会えた。
ああ。
涙が出そうだよ。
抱いてもいい?
キスしてもいい?
愛しているといってもいいかい?
お姫様。
また出会えたからには、僕はまたあんたを守るだろう。
そしてあんたが死ぬのを見守るだろう。
けれど覚えておけ。
もう二度と捜さないなんて約束はしない。
もうこんなの耐えられないし、なにより男の沽券ってやつに関わるからね。
たまには僕にもあんたより格好よくいさせてよ。