15.再び絡まれる

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 さて翌日である。
「あんたと玄様が一緒に眼鏡屋にいるところを見たっていう子がいるんだからね。どういうつもりなのよ!」
 ……はーーーーーー。
 とわたしは心の中で深くため息をついた。
 なんとびっくり。わたしはまた女子達に絡まれていたのだ。それも昼休みの校舎裏で。黄金の定番シチュエーション! 幸い給食はすでに食べ終わっていたので空腹は満たされているんだけど、わたし飲み物を買いにきたんだけどな。ああああ喉かわいたよー。アクエリ飲みたいよおお。
「ちょっと、聞いてるの!」
 聞いておりますとも。
「はい、ですからそちらの件は先ほども申し上げた通り綾小路先輩とは眼鏡屋で偶然お会いしましてたまたま同じ学校の制服だったものですからちょっとした会話を交わしただけでございます」
「どうして玄様が眼鏡屋なんかに用事があるのよ!」
 知らねえよ!
「玄様は両目二.五なのよ!」
 やはりあいつは野生の獣だったのか。うんうん。納得。
 わたしがそう思っていると、リーダー格とおぼしき女子がずずいと身体を前に出して言った。たて巻きロールの似合うなかなかの美女だ。
「遠藤達はあんたにビビったみたいだけど、私達はそうはいかないわよ。今この場で玄様達には近付かないって誓うまで教室には帰さないから」
 遠藤? って誰?
 わたしがあからさまに「??」という顔をしたからか、三人いる女子の一人が「入学式の時にあんたに注意してあげた二年生よ」と補足してくれる。あー。なるほど。あの時あの女子達は外履きを履いていたので学年がわからなかったけど二年生だったのね。二年が撃退されたから今度は三年が出張ってきたわけだ。わかりやすいな。
「あ、はい。誓います誓います」
 わたしはあっさりそう言った。
「わたし八木原円は今後一切故意で綾小路玄に近付かないと誓います。ので解放していただけませんか?」
 むしろ喜んで誓おうじゃないか。なんかあいつらの側にいると面倒ごとに巻き込まれそうだし。実際今巻き込まれてるし。迷惑だし。
「あんた馬鹿にしてるの!?」
 ええええええ! なんでそうなるんですか!
「してませんしてません!」
「ユリコこの子ちょっと痛い目にあわせた方がいいんじゃないの?」
「私達がひどいことするって全然信じてないみたいだしね」
「そうね……。カヨ、ルリ、ちょっとその子の両脇持って」
 いやいやいやいやいや!
 カヨもルリも落ち着け! ユリコは前言を撤回しろ!
「いや、ちょ」
「静かにしなさいよ。ちょっと暗いところに閉じ込められるだけだからさ」
 監禁! それは拉致監禁という犯罪です!!
 大声を上げようとしたのだが咄嗟にユリコに花柄のハンカチを押し付けられる。口を塞がれたわたしの悲鳴は「もごもがー!」という意味不明の言葉にしかならなかった。そして両脇はカヨとルリによってがっちり固められている。なにこいつら! 恐るべき連係プレー! ってゆうかハンカチ香水臭ぇ! 誰か助けてー! と心の中で悲鳴を上げる。
「あらあら九段下さん、いたいけな下級生をどちらに連れて行くつもりですか?」
 するとそこに第三者の声が投げかけられた。ああああわたしの日頃の行いマジグッジョブ!!
 ユリコは振り向くと、立っていた女生徒を前にして明らかに一瞬怯む。
「か、会長……」
 会長? なんの? いやいやもうなんでもいいから助けてー!
 と羽交い締めにされたわたしは必死で視線で助けを求めた。「もがもごー!」と意味不明な単語も発してみる。これだけでわたしの窮地は十分に理解していただけるだろう。
「彼女は放して欲しがっているように見えるけど」
 会長と呼ばれた女生徒は、黒髪を二つの三つ編みにして眼鏡をかけていた。その手にはプリントの束を持っている。特別美人とか可愛いとかいうわけではないけど、確かに整ってはいる容貌。なんかどっかで見たことある気はするけどどこか思い出せない。うーん?
 彼女はにっこりと微笑んで言った。
「放してさしあげたらいかが?」
 ユリコは盛大に舌打ちをした。
「カヨ、ルリ、行くよ!」
 と言い捨てて足早に校舎の中に戻ってしまう。カヨとルリも慌てて彼女の後を追いかけた。三人の悪魔と香水くさいハンカチからようやく解放されたわたしは、ほっと息をついてお礼を言った。
「あ、あの、ありがとうございました」
「いいのよ。ところで、あなた八木原円さんでしょ?」
 と彼女は言った。
「え? そうですけどなんでわたしの名前……」
「はじめまして、私は安西理子。もうすぐ任期は終るけど、一応まだこの高校の生徒会長よ」
 安西理子はそう言うと、プリントを器用に片手で抱え直して、握手を求めるように手をさし出したのだった。





「紅茶でいい?」
「……はぁ、ありがとうございます」
 安西理子は優しく笑うと、マグカップにティーパックを入れてとぽとぽとお湯を注いだ。生徒会室には使用者の趣味と思われるさまざまなマグカップとコーヒー紅茶の缶の他に、保温ポット、カップラーメン等十分な設備が整っていた。ちなみに理子嬢が使っているマグカップはリアルなカエルが描かれているもので、わたしに渡されたのは百円均一で買ったような無地のもの。お客様用かな? 他のは戦隊もののイラストが書いてあるやつとか可愛らしい花柄のやつとかばらばらだ。
 あの後なぜか、わたしは理子嬢に連れられて教室棟の二階にあるこの部屋へやってきていた。
 そしてアクエリの代わりに紅茶をすする。
「……」
 駄目だ。状況がイマイチ理解できん。
「あの……」
「私が八木原さんを知ってる理由はね、あなたが留年してるからよ」
 理子嬢はわたしが何か言う前にそう答えた。
「ほら、やっぱりうちの学校だと珍しいじゃない? 私も生徒の代表としてそういう情報には目を通してるの」
 はぁ。それは大変ですね。
「で、ここにきてこれじゃない? 一度お話してみたいなって思ってたのよ」
 そう言うと、彼女はぴらりと一枚の紙を差し出した。
 んん? なんだこれ? 部、活、申、請、届?
 担当教師印、生徒会印、校長印がしっかりと押されたその紙には、達筆とも言えるような丁寧な文字で『マド部』と書いてあった。はぁ……、マド部。そりゃまたけったいな部活でってなにいいいい!
 わたしは慌てて理子嬢の手からその申請書を奪い取った。
 マグカップを近くのテーブルの上に置いて、震える両手で紙を持ち凝視する。
 部員の欄にははっきりとこう書かれていた。





 に続き、





「これ、偽造文書です!」
 わたしはすぐにも向こうを相手取る構えを見せた。
「え? でも顧問の印鑑も校長の印鑑も押されてるわよ?」
「おかしいだろそれえええええ!」
 わたしは座っていた椅子から崩れ落ち、床に四つん這いになって全身で今の感情を表現する。なんていうの? がっくり感?
「あら? もしかして八木原さんは了承してないとか?」
「してませんよ! するわけなじゃないですか! 大体マド部って何する部活か知ってるんすか!」
 理子嬢は可愛らしく首を傾げた。
「窓を研究する部活だって聞いてるけど」
 それ、嘘ですから!
 真っ赤な嘘ですから!!
 あああでもわたしを研究する部活ですだなんて恥ずかしくて言えない! ちょ、マジあの熊男今すぐここに来て土下座しろ! そんでこの書類を撤回しろおおお!
 ガラ。
「安西? いるのか?」
 とその時誰かが生徒会室に現れた。
「あ、樋口」
 わたしの背後の、おそらく戸口に立っているだろう人物を見て理子嬢が言う。
 その時やっと、わたしは気付いたのだ。
 そういえばわたし生徒会に知り合いがいたんだった。
 いやー。忘れてた忘れてた。
「……円?」
 わたしを蛇蝎のごとく嫌う現生徒会書記、樋口舜の登場である。



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