そういえばこうやって出会ったんだ5

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 青褐色の目がぎらぎらしていた。
 その魂を。
 不屈の精神を。
 高揚して輝くあの双眸を。
 彼は愛していた。
 彼は。
 精霊の中でも異端だった。
 否。
 異端である事に気付いたのだ。
 彼女を。
 求めている。
 ずっと側に留めたいと思っている。
 その死を見届けたいと思っている。
 あらゆる危険が、彼女に降りかからなければいいと思っている。
 いつからか。
 彼はそう思っていたのだ。




 リースは息が止まりそうになるほどに走った。
 いつもなら息が切れないような距離なのに、彼女の呼吸は完全に乱れていた。
 飛び出た小枝でむき出しの手足を切る。
 それでも止まらなかった。
 森の奥の、嗅ぎなれた空気の漂う場所に戻ってきた時、彼女は自分が逃げてきたのだと思った。
「リース」
 なぜ。
 なぜ彼はこんな時にこんな風に優しい声を出すのだろう。
 いつも。
 あんなに意地悪なのに。
 顔をあげる。
 すると彼が立っている。
 青い髪。青い双眸。
 彼女が彼に持っているイメージは、空そのものだ。
 決して手の届かない風の精霊。
「どうした?」
 彼は笑う。きっと、全てを知っている目で。
「テティアト」
 彼女は泣いていた。
 涙を流していた。
 泣いても無駄だともうずっとそうわかっていたのに、それは止まらなかった。
「テティアト」
 彼女は小さな女の子のようにしゃくりあげた。
 彼女は生まれて初めて、自分以外の誰かを思って泣いていた。
 胸が潰れそうに痛い。
 涙が止まらない。
「テティアト。彼を助けて」
 リースは悲鳴のように言って大声で泣いた。
 あの。
 穢れに囚われたかわいそうな精霊を。
 孤独に潰されそうなあのひとを。
 どうかたすけて。
「リース」
 テティアトが手を伸ばす。
 彼の手が泣く彼女の頬に触れた。
 けれど彼女はそれでも大声で泣き続けた。
 だから彼女は、彼女の風の精霊が、泣きそうに顔をゆがめている事に気付かなかった。
「リース。どうか、これだけは忘れないで。お前がどこか遠くへ行っても、僕達はずっとお前を愛してる。お前のために風を吹いて、木々を揺らす」
 リースの腰に下げられた無骨な剣が揺れている。
「お前を守る剣をあげるよ」
 彼はあやすようにリースの頬に口付けをした。
「僕の可愛いリース」
 額に。
「ジーリス」
 唇に。
「……テティアト」
 彼女の顔はぐしゃぐしゃだった。それでも少し泣き止んだ彼女を見て、テティアトは驚くほど優しく微笑んだ。
「お前の魂が好きだよ。それは決して変わらない。だから、どこへ行ってもいいんだ」
 リースの本当の名前は、精霊に呼ばれると彼女を縛ってしまうかもしれないからと、ずっと秘められていたはずだった。けれどテティアトは今それを口にした。リースはそれに驚いていた。
「テティアト」
「リース。剣をあげる」
 彼はまた「リース」と呼んだ。
 聞きなれた呼び名。
「それでお前は強くなる。誰よりも、強くなるんだ」
 青い双眸。
 今その目は笑っていなかった。
 リースはもう泣き止んでいた。
 風が吹いている。
 優しくリースの髪を撫でている。
 テティアト。
「はい」
 リースは答えた。
 彼女の本当の名前はもう彼女を縛らない。
 何故なら彼女はもう決めたからだ。
 一生を共にする人間を。
 心に決めているからだ。
 テティアトは一瞬、寂しそうに笑った。
「参ったな。お前の名前を呼ぶのは、僕のとっておきだったのに」
 リースはまた泣いた。
 するとテティアトがありがとうと言った。




 僕は。
 あれの、きれいな魂と、順応性と、素直さと、諦めの悪さと、残酷さと、孤独を愛した。
 飽きたら捨ててしまえるおもちゃをもてあそぶように、けれど忘却の存在しないその精霊としての性質ゆえの永遠の愛で。
 愛したのだ。
 ジーリス。
 僕だけのいとし児。
 僕の風が永遠にお前を守る。
 そしていつか死んだお前を僕が天に送る。
 僕だけがその瞬間を見る。
 そうして再びお前の魂が生れ落ちるその時まで、僕はこの世界に漂うだろう。
 気が遠くなるほどの時間を。
 永遠に。



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